9、雑貨屋工房
ギルドに来るまでは周りをゆっくり見る余裕が全く無かった。
けど、こうやって改めて見ると此処が異世界なんだと再度思い知らされる。
剣や弓、杖を持った人達が普通に町を歩いているし、城から真っ直ぐ伸びた大きな道沿いに並んだ露店には、見た事も無い木の実や動物の燻製肉。
テレビでしか見た事が無い馬車を引いてるのは馬ではなく、蟹の甲羅を背負った馬サイズのハムスター。
お店を探しキョロキョロと周りを見ると嫌でも俺が居た世界に無い物が目に入ってしまう。
「サトウ、少しは落ち着いたらどうですか?」
「すみません。
お店を探していたつもりが珍しい物ばかりで目移りしてました。
地図だとこの辺のはずなんですが・・・・・・
そう言えば聞き忘れてましたが、この世界の通貨ってどんなんですか?」
「通貨ですか?
そうですね、世界中共通でアリーラ硬貨を使っています。
偽装硬貨防止の為各硬貨には植物の絵が書かれているんです」
そう言って魔女が出したのは、
つる草が書かれた穴の開いた銅貨、
チューリップの様な花が描かれた穴の開いてない銅貨、
月下美人の花の様な花が書かれた銀貨、
スズランの様な花が書かれた穴の開いた金貨、
バラの様な花が書かれた穴の開いてない金貨。
「穴の開いた銅貨10枚で穴の開いてない銅貨1枚分。
穴の開いてない銅貨10枚で銀貨1枚分。
銀貨10枚で穴の開いた金貨1枚分。
穴の開いた金貨10枚が穴の開いてない金貨1枚分の価値があります。
通貨の単位はリラです」
俺の世界で言えば穴の開いた銅貨が1円、
穴の開いてない銅貨が10円、
銀貨が100円、
穴の開いた金貨が千円、
穴の開いていない金貨が1万円位の価値があると覚えればいいのか。
「なるほど。あ、在った。此処だ」
何度も地図と『雑貨屋工房』と書かれたお店の看板を見比べる。
大通りに面した大きな建物。
地図の通りだと此処だ。
中は外から見た時より狭く、剣や防具、机や椅子、鞄や服が其々の種類毎のカウンターを中心に飾られている。
そのカウンターの後ろには鍛冶や大工の工房。
1階建てのデパートかショッピングモールと言った所だ。
お店は大分繁盛している様で、ガヤガヤと騒がしかった。
俺達が入ってくるまでは。
何故か従業員もお客も俺達が入った途端、水を打った様に静まり返ってしまった。
そのうち、中にいる誰もが俺達に目を合わせ無い様にしてヒソヒソし出す。
俺、何か可笑しな事したか?
其れとも魔女達が?
「はぁ・・・一応いらっしゃい。
で、何が欲しいんだい?」
隠す気の無い盛大な溜息と険悪な顔つきで恰幅のいい小母さんが声を掛けてきた。
表情というか雰囲気というか、言葉の端々にサッサと出て行けと言われている気がする。
お客や他の従業員も同じ目というか雰囲気を出していた。
そんな小母さん達を無視してるのか気づいて無いのか。
魔女達は思い思いにさっさと商品を吟味しだしている。
ヤバイ。
この雰囲気、俺は耐えられないぞ。
場所、間違えた?
其れとも一見さんお断りなのか?
一応ボスに書いて貰った地図を見せながら説明して間違えていたら謝って出て行こう。
「あの、すみません。
ギルドの職員さんに此処を紹介されたんですが、場所間違えてましたか?」
「・・・・・・・・いや、合ってるよ。
アンタ新人かい?」
「はい」
「それなら、ほら持っていきな」
そう言って小母さんは近くの机に並べられていた商品を豪華で大きな黒味掛かった赤い革のリュックに詰め渡してきた。
鞄と商品が置いてあった机を見ると、
『ジュエルワームとイーラディルスのリュック
500万リラ』
の札。
「ご、500万だとっ!!?」
他の商品も最低で10万はする高級品ばかりだ。
無理無理。
買えないと言うか触れる事すら恐れ多い商品だ。
「申し訳ありません!
折角用意して貰って恐縮ですが無一文の俺には到底買えません!!
寧ろ、俺なんかには勿体無さ過ぎです!
1番安いのでお願いしますッ!!!!」
土下座する勢いで断った俺に小母さんだけではなく周りまで目を見開いて固まってしまった。
暫くしてポカンと唖然とした顔のまま小母さんが呟いた。
「一番安いと言うと、素材さえ集めてくれれば400リラで作れるけどねぇ」
オーダーメイドでワンコイン以下とは格安!
これなら俺でも何とかなるかもしれない。
「あの、糸とかの素材を集めてきたら魔法陣を織り込んだ布って作れますか?それで鞄とか小袋とか」
「素材によるけど、プラス100リラで出来るよ」
「なら、今から取ってくるのでお願いします!!
あっ。えーと・・・・・・
とは言ってはも素材って何処で取ってくれば良いんでしょか?」
怪訝そうな顔で少し悩んだ後小母さんは呟く様に答えた。
「アンタみたいな新人なら、地下水道がお勧めだよ。
そこに居るダーネアって魔物の糸なら丈夫だし、駆け出しの冒険者でも倒せるから簡単に手に入るはず。
後は賭けになるけど、今日は『真夜中の宝石ショー』だから天然物のジュエルワームの糸が手に入るかもしれないよ」
ジュエルワームって、あの地下室で助手が持ってきたデッカイ芋虫だよな。
さっきの高級リュックにも使われてたって事は珍しい虫だったのか?
「すみません。
俺は今日この国に来たばかりでジュエルワームも『真夜中の宝石ショー』ってのも良く分からなくって・・・
一体何があるんですか?」
「ジュエルワームってのはこの国で養殖されている虫の魔物だよ。
ジュエルワームが吐く糸は斬撃・衝撃・圧力・魔法・火・水・雷。
全ての攻撃を無効化するんだ。
その性質とどんな宝石よりも美しい糸は養殖されているジュエルワームの糸でも安くて30万、高くて数千万はする。
このリュックに使われている糸も養殖されたジュエルワームの物だけど、イーラディウスの皮の分を引いても70万リラはするね」
糸だけで!?
ど、どんな高級な糸出すんだよ、あの虫は!!?
唯のデッカイ虫だと思っていたけど、とんでもない能力を持っていたんだな。
「けど、どうしても天然物にはかなわないの。
ジュエルワームの繭は成体になるまで常にマナを吸収し糸の強化を図っていて、数自体が少ない天然物の一番強化された理想的な糸であるジュラエナに羽化して直ぐの糸は手に入れられる事自体奇跡に近いのよ。
それに、羽化した後の繭は放って置くと1時間位でドンドン、マナに戻って空気中に溶けてしまうから、運よく見つけても殆ど消えてしまった状態が殆ど」
「そんな繭が手に入るかもしれないって事は、その『真夜中の宝石ショー』では何時もより手に入れ易くなるって事ですか?」
「そう!
唯一大量に手に入るのは年に1度、真夜中にジュエルワームの群れが一斉に羽化する『真夜中の宝石ショー』と呼ばれる時だけ!
それが今日なのよ。」
そこまで目をキラキラさせていた小母さんは、急に肩を落とし溜息をつく様に言葉を続けた。
「でもその羽化する場所も毎年違って法則性も分かっていない。
この街、アーサーベルから出て直に広がる広大なエヴィン草原地帯の中から見つけないといけないから、見つけるのは至難の極み。
今この店に来ている大体のお客さん達もその準備をしてるのよ」
繭が見つからなくても夜空を飛ぶジュラエナの群れは見ものよ!
と小母さんはウットリ言う。
でもあの虫ってどちらかと言うと蚕みたいな見た目だし羽化するのは蛾?
あの虫の大きさからして相当大きな蛾の群れが夜空を飛ぶ。
・・・・・・・・・うわぁあああッ!!
背筋がゾワッとする想像しかできねー!!!
ウットリなんて絶対できねぇよっ!
「と、とりあえずジュエルワームの方は夜行くとして、地下水道ですね。
あの、詳しい場所は・・・・」
「地下水道なら前での道を城とは逆方向に進むと看板が出ているぞ。
その看板がある裏路地を真っ直ぐ進めば着く」
小母さんではなく、黙々と鍛冶仕事をしていたボサボサ髭の爺さんが手を休める事なくボソッと教えてくれた。
「そうなんですか?ありがとうございます。
早速行こうと思うんですが、このお店って何時まで開いていますか?」
「遅くてもお城の鐘が9つ鳴るまでは開いてるわよ」
「はい、分かりました。
ではまた、素材が揃ったらよろしくお願いします!!
鍛冶師さんもありがとうございました!」
深々とお辞儀をしてから俺は魔女達を連れ出し、教えて貰った地下水道を目指す。




