表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
火恋―カレン―  作者: 白藤宵霞
第七章 約束
30/33

 大后の死は、瞬く間に邪馬台国内へと駆け巡った。

 その訃報は国中の人々に深い悲しみを与えた。彼女の亡骸は(もがり)の宮に安置され、その元には連日、多くの花と祈りが捧げられた。

 彼女の死を嘆く女たちの声が、冷たい白妙に反響する。その悲愴に満ちた声は、憔悴しきった人々の心の不安を煽った。

 偉大なる国の「母」を失い、国内は倭國大乱以来の混乱に陥った。長年、穏やかな平和に浸っていた邪馬台國は、今や危うい均等の上に立っていた。たった小さな一撃で、すべてが崩れてしまうほどの不安定さで。

 そしてそれは、思わぬ形で那岐王へともたらされた。

「っ、王!!」

 慌ただしい足音と共に部屋へ飛び込んで来たのは、顔面を蒼白に染めた姫長であった。

 悲痛な声を上げ、彼女は玉座に跪いた。

「申し上げます! わ、綿津見の御方が……自ら舌を噛みきり、自害なされました……っ!!」

「なん、だと――!?」

 予想だにしなかった結末に、那岐王は玉座から身を乗り出した。

 綿津見の妃は、女ということもあり、兄とは異なり、宮殿の一室で軟禁されていた。逃げ出さないよう、多くの兵を外廊に侍らせ、姫長をはじめとする女たちによって監視が為されていた。守り刀はもちろん、凶器となりうる装身具も全て取り上げていた。

「……最期まで、苛烈な女だ」

 まさか、舌を噛みきるとは思わなかった。大の男でさえ、躊躇して死に損ねるものは多いというのに。

「申し訳ありません、王……わたくしどもの、監視が甘かったばかりに……」

 姫長は、己の失態を嘆いた。その声は、普段の気丈さを失うほどに震えていた。

 しかし、事態はそれだけでは収まらなかった。妃が自ら舌を噛みきったことで、人々の間にはひとつの臆測が生まれたのだ。


 妃は、自らの御子が謀反を企てたことに責任を感じ、自害したのではないか――と。


 首謀者が不在の中、事の全容は未だ把握されていない。

 そのため、ただでさえ不安を抱えていた人々は、その疑いに縋りついた。彼らの声は日増しに大きくなり、やがて那岐王の手にも負えなくなった。

 彼は、王としての決断を迫られた。そして、急遽、大老衆と七代の長たちによる議会が行われた。

「伯父上さま!」

 衣が乱れるのも構わず、沫那美は主祭殿へと飛び込んだ。臣下たちは全て下がらせてしまったのか、扉の前に控えた兵士の他に人影はなかった。

「伯父上さま、海理さまを追放されるとは本当ですか!」

 母から伝え聞いた結果に、彼女は臣下としての礼すら忘れてその身に縋りついた。

 那岐王は、そんな彼女を責めなかった。代わりに、そうだ、と静かな声が彼女に突き刺さる。

「っ、確かに、海理さまは綿津見の御子。ですが、この度の謀叛には加担しておりません」

「だが、あれの母妃は、謂わば主犯だ。さらには、あのような末路……一族の仇を望むとも限らぬ」

 臣下たちが最も危惧したのは、海理の反逆だった。たとえ、彼が今回の内乱に関わっていないとしても……それが真実であったとしても、人々の不安がなくなるわけではない。

「そのようなこと、海理さまがなさるはずがありません……!」

 しかし、沫那美は声を荒げて、それを否定した。

「伯父上さま、お願いです、どうか御自分の御子を――」


――血を分けた我が子を、信じてあげて下さい。


 けれど、すべてを吐き出す前に、沫那美ははっと口を噤んだ。軻遇智が内乱を引き起こした今、その言葉が、王にとってどれだけ残酷なものであるか思い至る。

「……許せ、沫那美」

 それは、低い声だった。

 そして、悲しげな声だった。

「戦を終わらせるには、生贄が必要なのだ。臣下を、民を、納得させる生贄が」

 謀叛を企てた綿津見の罪は重く、邪馬台の法に則れば一族皆殺し――海理もまた、死刑を免れない立場にあった。

 那岐王も、今回の謀叛に海理が無関係であることは分かっていた。しかし、高まった疑心の声を抑えるためには、目に見える犠牲が必要だった。これ以上、混乱を長引かせるのは得策ではない。

 首謀者である軻遇智が行方知らずの今、その役目を担えるのは、綿津見の御子である海理しかいなかった。

「伯父上さま……」

「追放。――それが、私が父親として出来る、最大の情けだ」

 決断を下した王の横顔は、誰よりも深い苦悩に満ちていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ