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火恋―カレン―  作者: 白藤宵霞
第六章 焔の乱
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 綿津見と軻遇智による内乱は、夜明け前に収束した。

 難を逃れ、王宮の外で身を寄せ合っていた貴人たちは、その報せに声を上げて喜んだ。王女やその侍女たちも、手を取り合って嬉し泣く。

「父王さまも、ご無事だそうです」

 輪の中心から少し外れた木陰に身を寄せていた陽衣奈たちも、掖邪狗から伝え聞いた状況に安堵の息をついた。海理とふたり、顔を見合わせ想いを分かち合う。

 あれから、陽衣奈たちも誰ひとり欠けずに逃げ出すことが出来た。侍女の真唯と真咲はもちろんのこと、彼女たちの母親でもある真洋、そして悠月の乳母を務める年若い侍女も、先程、無事を確認した。今は、真唯たちがその傍についている。

 不安が色濃く漂っていた場の雰囲気は、王宮軍の焚いた松明に照らされ、明るいものへと変わっていく。その明かりの下に見知った顔を見つけ、陽衣奈はあっと声を上げた。

「張政さま!」

 彼の無事を知り、彼女の心は歓喜した。思わず花のような笑みを浮かべ、張政の元へと駆け寄る。

 けれど、彼の後ろに控えた物々しい兵の姿に、少女の歩みが止まった。

「張政、さま……?」

 琥珀色の瞳は、陽衣奈の後ろ――彼女を追って来た異母兄を見つめていた。海理殿、と、静かな声が少年を呼ぶ。

「綿津見の一族が、軻遇智殿に協力、し、謀叛を、企てました」

「っ」

 その言葉に、陽衣奈は息を呑んだ。

 綿津見と言えば、父に仕える豪族の中でも、強大な勢力を誇る大豪族だ。そして、義兄の実母の生家でもあった。

 その綿津見が、軻遇智と共に今回の騒動を主導した。男たちが海理に向ける眼差しの意味に、少女は凍りつく。

「……那岐王が、お呼びです」

「ま、待って下さい!」

 陽衣奈は両手を大きく広げ、張政の前に立ち塞がった。

「陽衣奈、殿」

「海理は、わたしたちを助けてくれました! 何度も、何度も助けてくれました! 謀反に荷担なんて、そんなこと、絶対――っ」

「お退き、下さい」

 だが、少女に突きつけられた言葉はあまりにも残酷だった。いつもは優しい笑みを浮かべる青年の表情は、月光をまとって何処か冷たい。

「これは、王命、です」

 張政の言葉を受け、男たちが海理を取り囲む。

 その手は決して乱暴ではなかったが、優しくもなかった。その証拠に、兵士たちの表情から強ばりが解けることはない。疑心が、罪もない少年を無言で責めていた。

「……陽衣奈」

 立ちすくむ最愛の異母妹を安心させるように、海理はぎこちなく笑う。それでも、その声は僅かに掠れていた。

「大丈夫だ。俺は、謀反なんか企てていない……決して」

 彼女だけには信じて欲しいと、その深い瞳が訴える。無論、陽衣奈に彼を疑う気持ちなどなかった。しかし、彼女がその想いを伝えるよりも早く、彼は屈強な男たちに囲まれ、連行されていく。

「っ、海理……!!」

 陽衣奈は力の限り叫んだ。行かないで、と手を伸ばして懇願する。

「行っては、なりません」

 けれど、少女の手は張政によって捕らえられてしまう。

「っ、張政さま、どうして……!」

 答えを求めて陽衣奈は縋りつくけれど、張政はただ首を真横に振るばかりだった。その表情は、深い苦悩が滲んでいた。

 張政も、懸命に手を尽くしてくれたのだと、陽衣奈は悟った。だが、綿津見が軻遇智と結託し、謀反を起こしたという事実があっては、疑いの声を抑えることは難しい。

「……これから、海理はどうなるのですか……?」

 尋ねる声は、否応なしに震えた。希望を捨てたくはなかったが、少女とて謀反がどれほど重い罪であるか知らない訳ではない。脳裏には最悪の事態さえ浮かんでいた。

 張政の口から、答えが返ることはなかった。

 ただ、少女を慰めるように、震える肩がそっと引き寄せられた。


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