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火恋―カレン―  作者: 白藤宵霞
第四章 檻と花
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 伊那美は、元々、伊都國王室の妃のひとりだった。

 姫族は、イザ一族同様、七代と呼ばれる古い一族の末席に名を連ねる。他の氏族とは異なり、代々、女子が一族の長として立つ姫族の女は、幼き頃より巫覡としてだけではなく、為政者としての教育も受けていた。彼女たちは賢女の呼び声高く、現姫長の実妹である伊那美はニギ一族に請われて後宮入りした。

 だが、彼女が産んだのは、赤い瞳と真白の髪を持つ異形の姫であった。

 ニギ王はふたりを冷遇し、暗い奥の宮へと押し込めた。それを知ったイザ一族と姫族が結託し、ニギ一族の政治に不満を持つ氏族たちを率いて起こしたのが、かの倭國大乱である。

 その際に助け出された伊那美は、異母兄である那岐王に正妃として迎えられた。しかし、母と共に救出されたひるこの待遇は、ニギの王宮とそれほど変わることはなかった。養女として迎えられることもなく、その存在を恥じるように奥宮へと軟禁された。鬱蒼とした木々に囲まれた、あの、暗くて寂しい檻の中へ……。



 深夜であるにも関わらず、人気のない奥宮には微かな明かりが灯っていた。ぼんやりと浮かび上がる垂絹を捲ると、そこには久方ぶりに見る白い少女の姿があった。

「軻遇智……?」

 静寂に響く慣れ親しんだ足音に、ひるこは首を傾げた。肘掛けに凭れ、重たい白をまとったその姿は何処か気だるげに見えた。

 赤い目をぱちくりと瞬かせ、彼女は異父弟の長身を見上げる。

「……那岐に、来ては駄目だと言われなかった?」

「父上が、お前に言ったのか」

 彼の言葉に、ひるこは曖昧に微笑むだけだった。しかし、その反応こそが紛れもない事実を突きつける。

「酷いことはされなかったか。また足を折られたり、痛い目などには……」

「大丈夫。那岐は、そんなこと、一度もしたことはないよ」

 まるで幼子の間違いを正すように、ひるこはころころと笑った。その笑みは優しく、普段の軻遇智であれば思わず貰い笑みを零していたことだろう。

 だが、今の彼には彼女のその言動が父を庇っているように聞こえて……それが、どうしようもなく胸に突っ掛かった。

「ひるこを、こんなところへ閉じ込めているのに?」

 だから、そんな非難がましい言葉が出てしまう。まるで、自分の思い通りにいかないことに苛つく子供のようだった。

「那岐を責めちゃ駄目だよ。仕方ないの。だって、わたしは……」

「……お前は、それで良いのか」

 優しさと寂しさを滲ませた異父姉の言葉を遮り、軻遇智は低い声で問いかけた。ギリリ……と、歯の擦れる音が彼の心情を表す。

 彼女も――沫那美も、同じことを言った。仕方がないのだと。逃れられない、定めなのだと。

(どうして)

 どうして、彼女たちばかりが、諦めなければいけないのか。普通の幸せを、望んではいけないのか。

「こんな……こんな、不自由な生活を強いられながら。お前はこのまま、朽ち果てて行くとでも言うのか……!?」

 込み上げる怒りと、やるせなさに、軻遇智は堪らず腰を上げた。少女が、驚いたように肩を震わす。

「っ、軻遇智!!」

 背を向ける彼に、ひるこは慌てて手を伸ばした。

 自由にならない身体を動かし、立ち上がれないと知りながらも、手をついて身を起こそうとする。

「待って。待って、軻遇――っ!?」

 しかし、その声は唐突に途切れる。

「ひる、こ……?」

 軻遇智が訝しげに振り返ると、そこには顔を真っ青に染めたひるこの姿があった。

 恐怖を映したまま瞠目する、赤い瞳。震える小さな身体。そして……その足の合間から広がっていく、鮮血。

「かぐ、ち……」

「ひるこ、まさか怪我をっ!?」

 その不吉な色彩に、軻遇智は慌てて小さな体躯を抱いた。大きな腕の中、少女の震えが止まることはない。

「どうしよう……どうしよう、軻遇智。……わたし、大人になってしまう……」

 血の気を失った掌が、彼の衣にしがみつく。それは、まるで幼子のように小さく頼りなかった。

 本来ならば、二十八になるはずの身体は、十代の少女と変わらない。幼い頃からの傷心が、彼女の成長を止めた。大人になることを、頑なに拒んだ。

「大人になんか、なりたくない。子供を産める身体になんか、なりたくない」

「ひるこ」

「わたしは徒花のまま、ひっそりと朽ち果てていきたいのに……っ」

 心の底から絞り出すように、異形の少女は願った。けれど、その切実な願いすら嘲笑うように、その内腿からは少女の瞳と同じ赤が広がっていく。

 青白い肌とは裏腹に、その身体は何処か気だるげな熱を持っていた。その熱と、鼻をつく血の臭いが狭い宮に蔓延(はこび)る。

「ひる、こ……」

 どうして、叶わないのだろう。夢見ることさえ許されぬのだろう。自分はただ、彼女たちに幸せになってもらいたいだけなのに。

「頼むから……お前も、沫花も、そんな悲しいことを望まないでくれ……」

 頼りない異父姉の肩を抱きながら、軻遇智は己の不甲斐なさを呪った。


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