ー終ー
「馬原は5番以内に帰ってくると言いました」
寺井はそれだけ言うと2区のスタート位置へ行った。
彼は信じてる。馬原君が5番で襷を渡すことを信じてあの場所に待っている。その先のことは考えていない。自分のことなんか考えずに、馬原君が帰ってくることだけを考えている。
監督である私は馬原君に教えれることは全て教えた。
あとは馬原君次第だ。
3人を抜いたら5番か。いけるか、この坂で3人を抜けるか?
わからない。わからないから走ろうと思う。この坂を一気に駆け上る!!
ギアを上げる。
足の回転速度を上げる。
呼吸は荒くなる。速く走れば走るほど喉が痛い。
それでも走る。俺は走る。
一人抜かした。一瞬で抜かした。気を抜きそうになる。けどまた加速する。
坂を登るごとにきつくなる。
まだいける。
あと二人。二人は固まっている。チャンスだ!
脚がちぎれそうだ、腕は痺れている。走っていることすら奇跡だ。
苦しい。苦しい。苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。
そんなことばかり思う。が、待っている。襷を渡す時に、寺井が待っている。走らなければいけない。
俺は苦しくても走らなければいけない。
横に並んだ。こっからが勝負だ。一歩一歩の重みを感じる。
一人落ちた。しかし、もう一人はまだ粘る。そして、俺を離そうとする。
この勝負は絶対負けない。
スタミナなんか残ってない。根性で走っているんだ。
俺も、そいつも。
と、そのとき、左膝がガクッときた。
力が抜けた感覚がした。
くそっ、ここまでなのかよ!なんでだよ!!
諦めた。いや、諦めかけた。
両肩に温かい感触がした。
そして、温かい風が吹き、目の前にいた。
ーーー兄貴がいた。小学生の頃のように兄貴が前を走っていた。兄貴と走っていた。
『まだ走れるだろ。俺を超えてみろよ』
幻覚か?幻聴か?わからないけど。
でも、兄貴が声をかけてくれた。
崩れかけた左膝にもう一度力がかかり、力強く蹴り出した。
そして勢いのまま相手を突き放し、坂をかけ登った。
視界には寺井がいる。
あぁ、よかった。走れてよかった。
寺井に襷を託す。
「任せたぞ」
それだけ言って、脱力した。
身体がまだ動かない。あれから何時間経ったのか。
辺りは暗く広場には俺と寺井と先生だけがいた。
「正直、ここまで走れるとは思ってなかったです」
「ごめんよ、順位落としまくって」
「43校中30位だからいい方だと思うわよ。全員ベスト更新するってすごいわよ」
とにかく疲れた。
結局、その後はズルズルと順位は落ちていったが、俺をもう一度走らせる目的は達成されたわけだ。見事に。
「推薦、くるわよきっと」
「あー、それなんですけど。いいです俺は」
「どういうこと?」
「高校で陸上はやらないです。俺は、走ることが好きだから。長距離ってのも興味はあるけど、走ることが好きなんですよ俺は。無邪気に走りたいだけです。趣味ですよ」
「全く、あなたにはかなわないわ。わけがわからない」
先生は苦笑いをする。
「寺井もありがとな」
「僕の方こそ」
秋風がたなびく。サッと夜の広場を撫でる。
風は吹く。今日も明日もこれからもずっと。




