ー後ー
今日も秋晴れの空、肌寒いが、公園は熱気に満ち溢れている。
「ここが試合会場か」
中町台第三公園。俺たちの地区で1番大きな公園だと思う。
「1周がちょうど3キロだからね。この広場からスタートで広場を抜けてゆるやかな下り坂を走るんだ。下り坂を過ぎたら湖みたいなのが見えるからそれをぐるっと走るんだけど、それが確か1キロぐらいあるんだ。長いうえに湖だから他の選手の姿も見えるんだよ。ここでの順位入れかえは見てると楽しいもんだよ。長い湖が終わるとうねうねした林みたいな道が待っている。ここで離されると一気にきつくなるよ。そして林を抜けると最後に待ち受けるのが通称地獄の坂道。」
「その300mの上り坂を駆け抜けたらまたもとの広場に戻ってくるんだろ」
「あれ?知っているのか?」
「当たり前だろ。兄貴の見てきたんだぞ」
実際何度も走ったことがあるからな。あの坂で兄貴にボコボコにされまくったわ。長いし地味に坂道だしほんと腹立つわ。
「なら大丈夫そうね」
先生は俺の肩をがっしりと掴む。目から『お前なら8番以内で帰ってこれる!!』と伝わってくる。
「あなたの好きなように走ってくればいいわ。順位は気にしなくてもいいわ。別に県目指してるわけじゃないんだし」
絶対思ってないですよね?それに仮にも県目指してるわけじゃないんだしとか言っちゃダメだろ。
「まぁ、走ったことあるっても小学生のときだし、それに相手がいればまた変わってくると思うし・・・・・・一応やれるとこまで走ってみます」
どこまで走れるかわからないけど。前みたいになるかもしれないけど。
でも、怖さはないはずだ。逃げないレースだ。立ち向かうんだ。自分と立ち向かうんだ。
「もう一度確認しておくけど1区は馬原君、あなたよ。」
水島先生は俺の目をしっかりと見つめる。
「しっかり走ってらっしゃい」
「はい」
「で、第2区は・・・・・・」
俺は走る。走るんだ。この駅伝は俺がもう一度走ってほしいからって寺井が企画したものだ。
俺は寺井に感謝しなきゃな。
「ありがとな」
「何さいきなり気持ち悪い」
「うるせぇ。ちゃんと俺の襷受けとれよ」
「はいはい。華の2区を走らせてもらいますよ」
「じゃ、アップしてくるわ」
30以上の学校の第1区が一列に並びスタートを今か今かと待つ光景は厳かで緊張感が辺りに漂う。
そしてその緊張感がピークに達したとき、ピストルは鳴るのだ。
広場から出る道は狭き門だ。まずはスタートダッシュで位置を勝ち取らなければ。
歓声が聞こえるが全く耳に入ってこない。
今聞こえるのは走り出したことで高まっている自分の鼓動と風の音だけだ。
下り坂を勢いよく駆け抜ける。前にどれぐらいいるだろうか?
ざっと見た感じでは13、14人ぐらいか。
まぁ3キロある。確実に抜いていく。
もう一人の自分が追いかけてきたのは湖にさしかかったころだ。
また俺を捕まえようとしてくる。どうやら完璧に恐怖は消え去っていなかったらしい。それでもいい。
けど今は引っ込んでろ。俺は逃げないから。いくらでも相手してやるよ。
自分と向き合う。初めてもう一人の自分を見た。それは哀れとしか言いようがなく、まるで昔の俺だった。
逃げていたときの俺だった。そうか。こんな苦しそうだったのか。
俺はそれを否定し続けてたから逃げてたんだよな。
あの日の事故も罪も全て背負い込んで走ってやるよ。
お前はもうそんな苦しい顔をするな。
ほら、走るぞ。
ゆっくりと加速していく。この長い湖のコースで一気に上位を狙う。
足が動く。鉛のあの感覚はない。いける!いける!!
湖を抜けた時点で5人抜かした。これで一桁には入った。
けど、まだまだいける。まだまだ走れる。苦しくない。楽しい。相手を抜かして、走ることが、楽しい。
兄貴はいつもこんな楽しみを感じてたのか。
残り1キロをすぎても足は全く重たくなかった。
むしろ、軽くなっていく気すらもした。
どれだけ走っても疲れない。俺は、走れる。
けど駅伝は甘くない。
俺の前には3人のランナーと300mの上り坂が立ちはだかった。




