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侍☆ロールプレイ  作者: もけきょ
幕間にて候
13/13

 

 ◆


 それは夕刻、辺りが橙色に染まる頃のこと。皆が皆、家路を急ぐ町中での出来事だった。

 浪人風の男が橋へと差し掛かった時、ちょうどその反対側、男の進路にぶつかるように身形の整った武士が立っていた。

 浪人が橋を渡りだすと、その武士もまた足を踏み出した。

 そして、橋の真ん中辺り、二人がすれ違った瞬間、武士は立ち止まり、


「松倉 弾之丞っ!」


 腰の刀を抜くと


「上意である!!」


 浪人の背に向けて斬りかか――― 


キンッ


 武士の放った刃は浪人の男の背を捉えること無く弾かれた。

 浪人はまるで背に目でも付いているかのように、斬られるその瞬間、クルリとその体を躱して逃げおおせ、回る体をそのままに刀を抜いてその刃を弾いたのだった。


「――討手か。」


 周囲の者は「ひぇ~お助けぇ」とか「きゃあ」と言いながらその場を離れ、両岸から遠巻きにこの唐突に始まった橋の上での斬り合いを見物するのに回った。

 橋の中央、浪人は正眼の構えのまま動ぜず、ただじっと相手の出方を窺っている。対して武士は右脇構えに構え、切っ先を自身の体に隠しつつ、じり、じり、含み足で間合いを詰める。

 含み足とは近間ちかま、すなわち近接戦闘時、一足一刀の距離において主に使われる武術の歩法の一つで、指を尺取り虫のように動かして地面を掴んでは放しを繰り返しほんの僅かだけ前へ移動する、蝸牛かたつむりよりも遅い移動速度の代わりに、相手に気取らせずに間合いを詰めることを可能にする技術。

 脇構えで刀を体の陰に隠して間合いを読みにくくし、さらに含み足で間合いを盗む。

 ならば、相手が己の間合いを掴む前にそれを潰し、先手を取るなどするのが定石なのだが、浪人はそんなことなど露とも知らぬとばかりにじっと待つのみ。

 後の先を狙うのか? 確かに先ほどの反応と体捌きならばそれもできようが、だが―――


 その瞬間。

 クワッと己が脳天に迫る刃を見た男は、一転それを払わんと体を開いて体の陰に隠した刀を斬り上げ、


「!?」


空を斬った。刹那――


 驚愕ッ!

 己が胴、しかも肝臓を狙って突き出される切っ先に目を見開いた。

 迎撃は間に合わない。咄嗟に体を傾げ、膝を折る。


「っ」


 刃は狙いを外れ、男の肩を貫いた。肉にめり込む異物の感触と熱さ、そして痛みに歯を食いしばる。


「なる…ど、これ…真刀、の陰刃かげば―――」


 刺客に抜擢されるほどの剣が達者な者で、他流の技を全く知らぬという者はいない。大概、多くの流派は外物そとものと言う形で幾つか他流の技を伝えているものだし、出稽古と称して他流の門を叩くことはよくあることだ。

 故に男も漢字は違えど真刀流の【陰葉】のことを知っていた。

 殺気の刃と現実の刃。その2つを用いて虚実の中で敵を斬る。

 普通、殺気を露わにするのは未熟者であると言われる。殺気を気取られて先を取られ、討ち果たされる者も枚挙に暇がない。だが、それを逆手にとって生み出された技。真刀の者が()()使()()と言われるだけのことはある。

 恐ろしい技だ。


 だが、


 グッ!と痛みを無視して肩に力を入れた。肉を貫く刀身へと手を伸ばし、そのままギュッと握り、固定。血と痛みを厭う素振りどころか、その目には確固とした意志。


「――かぁ!!」


 己の体が貫かれる。それはすなわち己の剣が届く範囲。屈み、片膝をついて碌に動けぬといえども、それは己の間合いに他ならない。

 がら空きの胴。下腹部、腸を狙って振り抜かれる刃。ったッ!

 

 しかし、

 

 その刃は浪人の体を傷つけることが出来なかった。

 浪人は何の迷いもなく握った刀を手放し、クルリと回転扉のごとく体を廻して刃を避けると脇差しを抜き放つ。


 そして、一泊。

 カラン、と刀を取り落とし崩れを落ちたのは勝利を確信した男。


「……」


 首筋の傷から流れでた血で血の海を作りつづける男を睥睨した浪人は、しばしそれを眺めていたが、やおら近づくと脇差しについた血を男の着物で拭き取った。

 そして奪い取られた刀も同じように血を拭くと鞘へと戻し、まるで何事もなかったかのような自然さで歩き始めた。


 浪人の進行方向を囲んでいた見物人が、「ひぇ」「わ、わ、来た」とか口にしつつ潮が引くように道を開ける。その他多くの野次馬も固唾を飲んでその姿を目で追った。

 彼らの多くはその瞳の奥に恐れを抱いている。しかし、そんな野次馬の中、一人の若い男がどこか楽しげな様子で驚いていた。そして、その後ろにはそれを見つめる、御付きと思われる老侍。

 

「ひゅー、強ぇな、あいつ」

「は。確かに。相手も生半な者ではありませんでしたが、あの若さであの剣気、中々に剛の者かと。剣の冴えは田巻殿にも劣らぬでしょうな」

「ほぉん」


若い男の笑い顔に、老侍は顔をしかめた。又、碌でも無い事をお考えになったな、と。


「――されど為りませぬぞ。上意に背くを良しとする、犬畜生にも劣る輩」

「だが、強いぞ」


ニタリと笑う一方に対し、もう一方は酷く渋い。二人の作る表情の落差の何と激しいことか。


「……やもしれませぬ。ですが病んでおりまする」

「ん?とてもそんな風には見えなんだが」

「剣に病んでおるのでございます。偶に居ります、ああいう者が。大抵は極めること無く、剣に殺されるだけ。あの者はその病みを今まで抑えておったのか、それとも発散させるだけの師が付いておったのやもしれませぬ」


 剣鬼、修羅、人斬り、他にも言い表し方は幾つかあるだろう。だが、それらが示す生き方は唯一つ。切り結ぶ太刀の下、血風と血染めの衣を纏い、血河を渡り屍山の頂へと登る。剣という強さを窮する者。


「―――面白ぇ」


 老侍の言を聞いて若者は益々笑みを深めた。


「殿! あの者、既に人ではございませぬ。人のなりをして人の言葉を解せども、人に非ず人を喰らう化生。御することなど叶わぬ化外のモノにございますぞ」

「はっ。笑わせるな、爺」


 男を翻意させんと敢えて若い男の立場を告げつつ怒気を孕ませた言を、殿と呼ばれた若い男は鼻で笑う。

 そこには根拠の無い自身が見え隠れしていた。


「化生、化外、何するものぞ。御せぬを御す。そうで無くば器が知れるというものよ。―――爺、儂の器はそれ程に浅いか?」

「しかし――」

「ふん。なれば儂の器を試そうぞ」


 それでも、と言う老侍を、そう言って黙らせると男は歩き出した。


「其許、待たれよ」


 じぐざぐに角を曲がる浪人に追いつき声を掛けたのは、集まった人目がだいぶ散った頃合いだった。


「……何か?」

「強い、強いな」


 開口一番そんなことを口にされるも、浪人の表情は変わらない。


「……」

「お主、儂の駒にならんか? 儂の下におれば五月蝿い追手も手を出しにくかろう」


 浪人は、しかし、男の言葉など耳に入っていないようで背を向けると歩き出した。

 

「まぁ、待て!」

「……某には余計な事にて」


 追い縋る気配に浪人は背を向けたままそう言う。

 しかし、その()()()()という言葉が男にヒントを与えた。老侍の浪人評と、そのヒント。2つを合わせて答えを見つけ出す。


「ほう? ……ああ、なるほど。なるほどな。そういうことか。

 相分かった。ならば、お主が望むものを用意するとしたら、どうだ?」

「……」

「名は……松倉と言ったな。とりあえず、少し酒にでも付き合え。

 何、何の事はない。お主の武勇、肴にして楽しみたいだけのこと。……悪いようにはせんぞ」


 クイッ、と顎をしゃくる先には丁度飲み屋の暖簾が風にはためいていた。





 ◆




 どことも知れぬ屋敷の一室。行灯の明かりが二人の人物の影を揺らしていた。

 猫耳の若侍が一人上座に座り、下座には同じく頭に猫の耳を生やした若い女がその若い男を睨むように座っていた。


「だから、お前に添木そえぎは向かんと言ったであろう」


 兄の呆れを含んだ声音にピキリと猫耳を尖らせ女は眉を顰めた。


「頭領の目はやはり節穴よ。お前可愛さ故に組に入れたが、結局はあの様だ」

「お言葉ですが兄様! お祖父様も私の才を褒めて下さいました」


 今は亡き兄妹の祖父は前代の組織の長であり、卓越した技量の持ち主であった。その祖父をして妹の才能は女にしておくのが勿体ないと言わしめたほど。

 妹本人も相応の修練を積んだ上でのことではあったが、彼女は確かに同僚の男達と同等以上の動きを見せていた。

 しかし――


「ああ、確かにな。お祖父様ならお前の陰働きに反対なさらなかったであろう」

「なら!」

「ただし、お前に男というもの存分に教えこませた上で、な」

「っ!?」


 彼女は、女という武器を使う技も心持ちも教えられてはいなかった。

 それは現頭領である彼女達の父親の意向によるものだったが、それは兄にとって呆れる以外の何物でもなかった。


「父上が武家の娘は貞淑だなんだと理由をつけて男を覚えさせずに育てるから、あのような無様を晒すのだ」

「ぅぅ」


 兄の言葉が彼女に、つい数刻前の不覚を思い出させる。

 不覚を取り、敵に乳房を曝け出させられ、激昂した挙句返り討ちにあった。しかも、最終的に気絶させられ縛られただけで殺されもしなかった。

 女として、武芸者として、しのびとして羞恥に顔を赤らめさせ言葉を詰まらせた。


「こ、今度はしくじりませぬ! あんな()()の大木なぞ」

「今度か……

 お前が、いや、お前だけでなく私もここでこうして話が出来るのは全てあの男のおかげだったと何故気付かん?」

「何を――」


 言っているのだ? と問うよりも早く兄は口を開き瞑目する。


「おそらく、あの男は人を殺したことがなかったのだろうな。

 それ故に躊躇い、心に隙が生まれた。その隙が手心となって我らの命脈を保ったのよ。」


 それを聞いて妹は再び顔を赤くした。今度は憤りによって。


「そんな腑抜けに私が―――」

「そうよ。そんな腑抜けに、な。

 それに、元よりあの男は雇われ浪人に過ぎぬ。今度、などという雪辱の機会が巡って来る筈も無かろう。

 三藤屋が本当に傀儡師の言うとおり化糸を用意できるとわかったが、脇口様も今度のことでより慎重になるであろう。樋川ひかわ様の御懸念も分かるが取り敢えずは様子見であろうよ」


 己の不甲斐なさを突かれて妹は口を噤まざるを得なかった。しかし、その不満気な表情が、彼女が心中を表していた。

 兄の言う藩内の勢力図も同じ禄を食む者の一人として大事だが、彼女にとってはそれよりも自身の身の上に起きたことのほうが大事なのだろう。


しおり、私は何もお前が憎くて言っているわけではない。お前を思えばこそだ」


 そうやって聞き分けのない子供を諭すような兄の声音も彼女の耳には届かない。

 汚名は濯がねばならない。そして自分が戦いにおいて有用だと優秀だと示さなければならない。男なぞ知らなくたって、自分は十分以上に仕事が熟せる。他の者にも決して引けは取らない。

 それを知らしめる。―――そのためなら、私独りで。

 

 私情に走る。それが何を意味しているか分からないでもなかったが、彼女は取り敢えずそれを頭の隅に追いやった。

 どうにも彼女の性格は、兄の言う添え木、すなわちしのびと言うより武辺者と同様なものであるようだった。  

 それが良いか悪いか、今はまだ誰にも分からないことではあったが。




 ◆




「お光姐さん? お光姐さんなら辞めたよ」


 男は驚いた。

 先に見せたみっともない姿を謝り、礼を言うべく湯屋へとやって来たのは良かったが、当のお目当ての相手が湯女を辞めたと言う。


「それがねぇ、お光姐さんを迎えに来た旦那がいるのよ。

 細身の鬼男でね、どっかのお城に勤めることが決まったてんで一緒に行くってさ。いいなぁ、羨ましいなぁ

 てっきり女一人で子供育ててるんだとばかり」


 なんとお光は子持ちだったのか!と新事実に驚く。

 ということは迎えに来たというその細身の男鬼は、言葉通りの旦那、亭主、良人おっとということだろう。

 つい最近、仕官した知り合いが細身の鬼男ではあるが、まさか……な。


「でも、お光姐さん、元々お武家の娘だったんだってね。驚いちゃった。

 あーでも上の子見るとそうかも。利発そうだったもの」


 耳に届いた言葉に、持っていた小さな疑問が解消される。

 武家の子女なら紀貫之の歌を諳んじても可笑しくない教養を身につけていたことにも頷けるというもの。

 そんな娘が、体を売らなければならないほど苦労していたと思うと―――

 

 男は、「二度と会うこともないだろうが」と、お光の幸せを祈らずにはいられなかった。


「ねぇん、旦那ぁ。もし旦那にそういうことがあったらあたしを貰ってくれない? 」

「お染がお光ほどの良い女になったらな」

「えっ」


 その言葉にお染と呼ばれた女は思う。やっぱこの男は()()()()なんだ、と。

 そして、その情報が湯屋の湯女全員に拡散し、以降彼の相手をする湯女は年嵩の女ばかりになるのは、また別の話。


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