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侍☆ロールプレイ  作者: もけきょ
第弐幕 日雇い仕事にて糊口を凌ぐで御座る
11/13

 伝わる感覚に馴染みはなくとも、それは覚えのあるものだった。いや、覚えのあるものとよくよく似ていた、と言ったほうが正確だろう。

 医者の卵が豚足やらの豚の肉で縫合の練習を行うことがあるように、刀の、居合の試し斬りに豚の枝肉を使うことがある。

 刃が皮と肉を切り裂き骨を断つ。その感触、音、重さ、何もかも同じよう。

 ―――ただ一つ、舞い散る血飛沫を除いては。



 草木も眠る丑三つ時(午前二時頃)。眠りにつくのが早く、起きるのもまた早いのが習いとなっている世の中、この時刻ともなれば皆が皆深い眠りの中にいる頃。

 幸嵩もまた……ではなく、彼はただ目を瞑り壁に背を預けて座っているだけ。

 夜番の仕事もさることながら、自問自答を繰り返し続ける彼の前に中々睡魔が姿を表さないのが実情だった。


 そんな眠れぬ彼の耳に、不意に小さな物音が届く。「ゴトゴト、キィ」というそれは聞き知っている木戸を内側から開ける音に似ていた。


 「っ!?」 


 パチッと瞼を開き、幸嵩は障子戸の向こうへと視線を飛ばした。

 そばだてた耳に聞こえてくる砂利を踏む足音。何事かを交わしあう囁き声。それは、店の誰かが厠に起きたものではなく、人目を忍んで逢瀬で語る男女の睦言でも無いようだった。

 ドクリ、と心臓が跳ねた。幸嵩は息を殺し、音を立てぬように気を使いながら少しばかり障子戸を開けて外を窺う。


 暗闇の中庭。目を凝らせば、その闇の中に幾人かの黒い人影が浮かび上がって来た。視線を動かすと、やはり裏木戸が開いている。

 侵入者が誰とはわからない。だが、その場所は蔵の前。母屋へと足を向ける風ではない。耳を澄ませばカチャカチャとした小さな金属の音。

 グビリと喉を鳴らした幸嵩は、抱きしめるようにしていた刀、鞘の先(こじりと言う部分)で未だ横になったままの駒木を突っつき揺らした。


「駒木、駒木」

「…ん、すまん、交代か」


 潜めた声に僅かな間を置いて駒木が目を開ける。しかし、ここで物音を立てて貰う訳にはいかない。

 幸嵩は指を立て唇に当てて再び声を潜めた。


「しっ!――また襲撃だ」

「っ!? ―――奴らか?」


 カッと目を見開いた駒木が、ゆっくりと体を起こし刀へと手を伸ばす。そして、つい昨日(と言っても数時間前に)御納屋を襲った連中ではないか?と問うてきた。

 奴らの目的が会談そのものではなくくだん化糸けいとであったならば、時を置かずそれを扱う三藤屋に直接襲って来てもなんら可笑しくはない。


「わからん。だが、あの時より数は多いとみえる。今のところ母屋に向かう様子はないが」

「どっちにしろ、やっかいな」


 暗い部屋の中、駒木の目が自らを捉えているのを幸嵩は見た。


「どうする?」

「どうもこうも打ち倒すしかあるまい。……それが我らの仕事だ」

「……」


 そう、それが幸嵩達が負った役目だ。


「橘……抜かるなよ」


 その言葉の意味。それが分からぬほど呆けてはいない。しかし――

 無論、と自信と確信を持って答えられるほど今の幸嵩に余裕はなかった。だが、そんな彼の状態など状況は待ってくれない。


「行くぞ!」


 ぱぁん! と大きく開け放たれた障子戸が鳴らす音が夜に響く。


「賊だぁ! 皆の者起きよぉ!」


 それを耳にしつつ、飛び出した駒木の後を遅れまいと幸嵩もまたその身を外へと躍らせた。


「っ! 出やがったぞ!」

「用心棒はたった二人だ!囲め、囲め」

「急げ! 早く奥の奴らを引きずり出して盾にするんだ」


 その声に賊の一部が母屋の奥へと足を向け、他の連中がわらわらと二人を囲むように動き出す。その手には刀では無く合口あいくち、俗にドスと呼ばれるやくざ者が使う得物が握られていた。


「橘、後を頼むぞ」


 応、と答える間も無く駒木は行き先を変えて母屋の奥へと走りだした。鍔鳴りとともに鮮血が舞う。その勢いに恐れをなした賊が作った包囲の穴を、駒木と幸嵩は強引に抜け去った。


「何やってやがる! さっさと追え!」


 苛立たしげに怒鳴るのは賊の頭であろう。

 しかし、その男の言葉に焦り従う彼らの行く手を阻んだのは大男。つまり、この場を任された幸嵩が立ちはだかった。

 ゲーム【和風なファンタジーでござる】は製作者のこだわり故か江戸期の風俗、様相を参考に作られており、それはそこに生きるキャラクター、すなわちNPCノンプレイヤーキャラクターにも当て嵌る。

 そして、そのゲームを基に修理(つくり)(かた)()された世界に生きる人々もまた然り。

 幸嵩の身長は、およそ180。彼等からすれば、目の前に立ちふさがる用心棒は見上げるほどの大男だった。しかも骨太な上に良く鍛えられた体と厳つい面相をもって壁が設えられては、二の足を踏まずにはいられない。


ね! なくば斬るッ!」


 ―――抜かば斬れ。チキリと鯉口を切る音とともに幸嵩の口から吐き出された脅し文句は一縷の望み、もしくは最後の足掻き。

 賊の頭目は一瞬耳を疑った。この斬り捨て御免がまかり通る世の中、しかも賊に情けをかける理りなぞ世のどこにもない。それを失せろと逃げても良いと口にする。ならば、と言葉の裏にある事情に思い至り鼻を鳴らした。


「はんッ、図体だけの甘ちゃんが。

 びびるこたぁねぇ!二本差しっつっても殺しも出来ねぇひよっこだ! 殺っちまえ!」


―――抜かば斬れ


 抜かば斬れ、抜かば斬れ、抜かば斬れ―――そう念仏のように心で唱え己を鼓舞し鞘を払う。

 されど、そのざましであろう。一処ひとつところに執着し、囚われ、そこから離れず、心が居着いてしまったままで常の自分など発揮できるだろうか? 答えるまでもない。

 出来はしない。

 そんなことだから幸嵩は己の状態にさえ気が回らない。ジクリとした左腕の痛みが、己は万全ではないと警告していたのにもかかわらず。


「しゃぁ!」


 蛇の威嚇のような声を上げ突き出された刃が、幸嵩の発した鍔鳴りと共に弾き落とされる。闇夜に銀の弧月が生まれた。

 瞬間、『人を殺す』と言う重大事に幸嵩の心は悲鳴を上げた。剣を握り、剣という暴力を身につけ続けたとは言え、幸嵩の人生に流血沙汰との縁は皆無と言っていい。だからこその念仏であったのだが、彼の心はやはりその恐怖に耐え切れなかった。


「くぅっ」


 だから身につけた技に飽かせて逃げを打った。

 己の剣を十全に発揮できたなら、幸嵩が賊に遅れを取ることはない。如何に賊が場慣れしていると言っても関係ない。延々とその身に蓄積してきた技量の差はそれほどで、()()さえ容易にするはずだった。


――本来ならば。


 しかし、幸嵩がこの地に降り立ったのは何故なにゆえであったか? 彼をこの地に招いた神は彼の何こそ望みに叶えんと託されたのであったか?

 そうは問屋が卸してくれるはずもない。


 刹那、ビギリッ!と左腕に走った痛みに幸嵩は手元を狂わせた。

 それは、心の迷いが無駄な力を生んでしまった結果なのかもしれない。御納屋で荷物持ちの三太を救った際の、腕一本で大の大人を引きずり助けた、その代償。細かな筋繊維の断裂がこの時を狙って悲鳴を上げた。


「しまっ!」


 そう叫ぶも後の祭り。

 胸に迫る突きを退け、そのままクルリと回して切り上げていた切っ先は呆気なく賊の体に吸い込まれていた。

 御納屋での時と比しても上手と呼べる動きでも何でもなかった。しかし、結果、齎されたのは腕を通して伝わった確かな手応えに、力を失い崩れ落ちる賊。そして動かない人間。

 驚愕に目を見開き、でろり、と舌を出したまま血だまりに沈んだままの賊の―――死体。


 死体。死。殺し。殺した。殺してしまった。

 名も知らない。何を考え、何を思い、何を成そうとしてきたのか、知りもしない。

 両親が居ただろう。兄弟、子供だって居たかもしれない。惚れた相手ぐらい居ただろう。酒を酌み交わす友だって居ただろう。

 だが、そんなことなどお構いなしに殺した。斬り殺して―――何もかも摘み取ってしまった。


 そして、刀が血に濡れてようやく知った。

 己の修めた(わざ)は、こうも容易く人を殺めることが出来るのだ、と。己はああも簡単に人を殺めることが出来るのだ、と。

 そして何より刀を抜き、剣を振るった。即ち殺すを良しとした、その意味を。

 その事実に、ぶるり、と心の奥が震えた。それは怖気か? それとも歓喜か?


「てめぇぇえ!」


 仲間を殺され、激昂したの賊の一人の刃が幸嵩へと迫る。

 

 キンッ


 金属同士の弾けある甲高い音が鳴り、合口が中を舞う。

 男は手にした武器を一瞬で奪われた驚きに囚われ、呆然とした。しかし、すぐに自分の身が危ないとその場を後退るも、頭の中で疑問符を浮かべた。何故、自分は助かった?と。

 男が示した隙は致命的とも言えるものだった。追撃の一太刀があってしかるべき。

 その思いに男は幸嵩を見れば、剣を振り下ろした格好のまま固まった幸嵩がそこにいた。


 それを好機と見た賊達がばらばらと動きだした。

 しかし、


 キッ! キンッ! ギィン!


 それは今の焼き直しのように賊の手にした刃が、宙を舞っては地に落ちる。


「ちっ、何やってやがる! 一斉に掛かんだよぉっ!」


 苛立ちを隠しもせず頭目が怒鳴った。

 その声に押されて幸嵩を囲む下っ端共が互いに目配せした後、えいやっ!と己に気合を入れた。


「うぉおお!」

「死ぃねぇやぁ!」

「きぃええやああ」


 迫る刃。向けられる殺意。為すがままに、されるがままに。これは、剣を選んだその時から避けては通れぬ、背負うべき罪業なのだろう。

 だから、何事も勘定には入れてはならぬ。受け入れろ。


「―――駄阿呆め」


 吐き捨てた罵声は誰に向けたものか? 力量の違いも分からず襲いかかる賊達か? それともこの期に及んで逃げ道を探し続けた己自身か?


 カッ! と目を見開いた幸嵩は賊の振るった刃を上半身を泳がせて躱わすと、ヒョイと刀を振った。

 剣が闇に銀閃を描く。途端、首から鮮血を吹き出し突っ込んできた勢いのまま、どう、と倒れる賊。持っていた合口がカランカランと投げ出されていく。

 これで、二人。

 ヒヤリとした痛みが背に走る。


「うらぁ!――なっ?」


 キンッと甲高い金属音に長ドスを振り下ろした賊が目を見張った。

 振り向くこともなく右手だけで背に振り上げた刃によって、必殺の斬撃が容易く防せいがれてしまったからだ。

 その後ろからの攻めとの僅かな時間差を利用し呼応して斬りかかってきた賊を、幸嵩は背を守った刃を戻して両手で袈裟に懸かって脇を斬る。

 そして、そのままの勢いでその賊の脇を抜けるとクルリと反転しながら(おり)()くと(膝を曲げて腰を落として、もう片方の膝を立てた姿勢となって)、未だ蹈鞴たたらを踏んだままの賊の胴を切り上げた。

 ほんの瞬き程の間の攻防。あっという間に賊の死体は三つ増え、4つの屍と血の海が出来上がる。


「か、囲め! 囲んで一斉にかかりやがれ!」


 幸嵩の強さに及び腰になっていた賊達に頭目の焦った怒声が降り注ぐ。

 だが浮足立ち平生へいぜいを失った者に微妙な連携など取れようか? 答えは否。ずい、と幸嵩が打ち気を見せただけで、恐れ慄き堪りかね気勢を上げて各々勝手に前に出てしまう。

 それは傍から見れば約束組手、型稽古のような整然さがあったろう。

 襲いかかる刃は、まるで最初からそう来ると分かっていたかのようなタイミングで払い除けられ、返す刀が彼等の肉を骨を何より命を断ち斬って行く。

 銀線が閃く度にパタリと人が崩れ伏す。

 一歩。幸嵩が前に出れば、怯えを見せて賊達もその包囲のまま一歩下がる。その場に留まれば自分もまた足元に転がる死体の仲間入りをするはめになると言うかのように。


「う、ぅぅ」

「ひ、退くな!退くんじゃねぇ!」


 そう怒鳴る頭目の声もまた震えていた。そしてどうにか打開の道を探してあちこちに視線を彷徨わせる。

 その時、母屋のほうから駆けてくる足音が彼の耳に届いた。それに一縷の望みを見出す――――も、しかし。

 目が捉えたのは、


「橘っ!」


 母屋に加勢に行ったもう三藤屋に雇われたもう一方の用心棒、鬼族の駒木 源十郎の姿だった。

 返り血を浴びた姿は凄絶そのもの。その血に濡れた細身が賊達に鋭利な刃物を連想させた。


「も、もうダメだぁ」

「あ、てめぇら逃げるんじゃ――くそっ」


 幸嵩一人にも腰砕けにされた賊達は、新たな難敵の登場に総崩れになってしまう。我先へと開いたままの裏木戸を目指し背を向けて懸け出した。

 頭目も最初こそ怒鳴ったが直ぐに止められないと悟ると、自分も同じように逃げ出した。


「逃すか!」


 ヒュンッ!と駒木が放った小柄こづかが逃げる頭目の裏腿に吸い込まれた。

 「ギャッ!」と短い悲鳴が上がり、彼は足をもつれさせ無様に倒れこんだ。逃げなければ、と痛みの元を抜き捨て、その場を逃れるため正しく這々の体で逃げようと―――


「ゲフッ」


 して、背中を激しく打たれ延し掛かられ、彼は地に這いつくばらされたまま動けなくなった。

 チャキリ、と金属の立てる音に凍りつきそうになるも、己の未来を知るため彼は恐る恐る首を回して、その正体を仰ぎ見る。

 そこには、自らの背を踏み付け鈍く光る刃を突きつける大男の姿があった。



 幸嵩はどこか呆然と賊の頭目を縛る駒木を眺めていた。

 ビギリと左腕に痛みが走った。それを気にして彼はようやく未だその手に刀を握っていたことに気がつく。


「あ……」


 刀身に付いた血脂を拭くことすら忘れていた。

 幸嵩は少し慌てて懐から手拭いを取り出して刀身を挟むと少しばかり指に力を入れて布を刀身に押し付けてスッと引いた。

 真白な布地に朱が移る。


「っ」


 その赤を見て幸嵩は小さく呻き、血のついたところを内側にして手早く畳むと懐へ押し込んだ。意識してか無意識か、彼は人を斬り殺したと言う事実から目を背けていたが、しかし現実はその視線を嫌でも自分へと向けさせるのだ。


「……ふむ」


 駒木の漏らした言葉に誘われた幸嵩が目を向ければ、彼は幸嵩が斬った男の側にしゃがみ込み、その死体を(あらた)めているではないか。


「見事なものだ」


 ゴロリ。死体の首が回り幸嵩を見た。

 その顔は恐怖に歪み、見開かれた目に生気なく濁り、力無く開かれた口が怨嗟の声を漏らしている。


「ぅうっ」


 目の合った瞬間、胃の腑からせり上がってくる不快感にたまらず口を抑えた。そして直ぐにその場にしゃがみ込んで、頬を膨らませるそれを吐き出した。

 吐物が地面に落ち、ビチャビチャと汚い水音と悪臭を放つ。胃が痛いほどに収縮している。息が苦しい。

 荒い息はそのまま、しかし幸嵩の思考は元に戻り始めていた。


「やはり人を斬ったのは初めてだったか。……大事ないか?」

「面、目、無い……」


 懐から取り出した懐紙で口を拭い、途切れ途切れだがなんとかそう口にする。


「無理もない。今は太平の世だからな。俺とて―――」

「くそっ、くそっ、こんな減垂れ(ヘタレ)野郎に! 糞が! 死ね、糞野郎!」


 駒木の気遣わし気な声音を賊の頭目の言葉が遮った。そこには怒りと憤り、恨みと嘲り、幸嵩に対する負の感情がぎゅうぎゅうに詰め込まれて刃を作っていた。


「―――黙れ」


 それに顔を一瞬だけ顰めた駒木が、男に歩み寄るとゴッと腹に足蹴を見舞う。

 鳩尾にでも入ったのだろう、男は「ぐぇ」と鶏が締められたような声を上げるとそれっきり動かなくなった。


「気にするな」


 だけれど幸嵩は、その言葉に反応するでも無く、沈黙した頭目を見るでも無く、ただ地面を見つめるのみ。

 そんな彼を、物言わぬ死体が恨めしげに見ていた。


  

 幸嵩が、用心棒の仕事を勤め終えて幾分上乗せされた報酬を貰って裏店(うらだな)へと戻ってきて既に二日の時間が経っていた。

 あの三藤屋への襲撃から六日。幸嵩はその間努めて普段通りの生活、ルーチンワークをこなしていたが、今日は一人、奉行所へと足を運んで来ていた。


 奉行所の仰々しくも立派な大門はの前には二人の門番が手に手に六尺棒を持って立っており、その扉は固く閉ざされている。

 その姿に何も悪いことなどしていないのに少しばかり気圧された感もあって歩みを止めていた幸嵩だったが、やがて意を決して足を前に出した。


「御免」


 門番の一人、狸耳・狸尻尾を持った狸精の男は、士分であるとはいえ浪人の風体の幸嵩を下から上まで眺めた後、ぞんざいと言うより偉そうに口を開いた。

 

「何用か?」

「ちと、お尋ねしたいことが。先日、元町の糸問屋、三藤屋を襲った賊の遺体がどちらに埋葬されたか、お教え願えまいか?」

「何?」


 さすがに幸嵩の申し出は予想外だったのだろう、門番は訝し気な視線を向けてくる。

 それはそうだろう。幸嵩もそれは分かっていたので言葉を続けた。


「それ等を斬ったのはそれがしにて。自分が斬った手前、何と言うか、その後が気になり申してな」


 狸耳の門番は、もう一人の門番と互いに見合った後、頷く相手を見て「しばし待たれよ」と告げて門の脇にある小さな門をくぐって中へと消えた。

 そうしてしばらく、手持ち無沙汰に過ごしていると門番が年若い役人と共に戻ってきたので幸嵩が同じ話をその役人に話すと、今度は担当の者に聞いてくるので少し待つように言われてしまった。

 お役所というものは世界が一変しても変わらないものなのだな、と妙な感心をしてしまう。

 やがて奥から先の役人が現れ、担当者が会うので付いて来いと仕事場へと通された。幾人かの役人が幸嵩を見るも、既に彼の用事を聞き知っているのだろう、一瞥しただけで自身の仕事へ戻っていく。

 唯一人、幸嵩をまっすぐ見て手を挙げる男を除いて。


「やあやあ、確かにあの時の。確か、橘殿であったか?」


 その男は丸眼鏡を掛けた何処かのんびりとした口調の役人だったが、あの襲撃の後の調べで幸嵩達と顔を合わせた男に相違なかった。

 確か名は佐内(さない) なにがしであったはず。

 佐内は自身の卓の前に幸嵩を招くと手で座るように仕向けて、たった今幸嵩を案内してきた若い役人にお茶を持って来るように言付けた。


「橘 十蔵と申す」

「うんうん。一応話は聞かせて頂いた。橘殿はあやつらが葬られた寺が知りたいと。それまた何故?」

それがし、過日の件が人を斬った初めてで御座った。それで……罪人とはいえ、せめて手だけでも合わせようと」

「ふぅん……」


 佐内は、しげしげと幸嵩の顔を眺めていたが、やがて頷くと


「まぁ、良いでしょう。あれ等の仏は検分の後、四日程前に徒辺(とべ)にある誓恩寺(せいおんじ)に無縁仏として埋葬されたと聞いておる」


 あっさりと幸嵩が欲した答えを口にしてくれる。


「誓恩寺……」

「うんうん。道、お分かりになるか? 簡単に地図でも書こう」

「ああ、それは。かたじけない」


 そして、さらさらと紙に筆を走らせる佐内は、ふと何かに思いついたようで顔を上げた。


「そうだ。手を合わせたいと申されるのなら、少しばかり相手のことを知っておいても損はなかろう。聞くかね?」

 

 幸嵩が是非にと願い出ると佐内は丸眼鏡をクイと掛け直し、


「うんうん、それが良い。」


 ニコリと笑った。

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