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第陸話


海人が教官室から出てきてすぐに理奈が出てきた。両手にはプリントやら名簿やらを持っていた。

海人は後ろを振り向かなかった。あえて振り向かない。そして気持ち明日の回転を速めた。


「ねぇ、ねぇちょっと待ってってば、大場くん」


背筋がゾッとしたのは言うまでもない。


「あぁ江川か。…江川って日本史の教科当番なんだな」


海人はわざとどうでも良いようなことを言って気を逸らそうとした。

彼女の言わんとしていることなど明確である。


「そんなことはどうでもいいでしょう、今は。私の言おうとしてることくらい分かるでしょう?あれはどういうこと!?何をしていたの?まさか伊賀先生に何か言ったんじゃないでしょうね?」


「まさか。言うわけないだろ。というか言えるわけないだろうあんなことを。昨日の今日で約束を忘れるほど俺は馬鹿じゃないし。それに俺が伊賀先生に『江川家のことを調べたい』なんて一言も言ってないだろ?ただ伊賀先生に少しお願いをしていたってだけで」


「じゃあ何をお願いしていたの?私のことで何か探りを入れようとしていたのでしょう?」


「先生の韮山についての史料のコレクションを見せてもらえないかお願いしてたんだよ。何か根拠でもあるのか?」


「あなた、日本史がそれ程得意ってわけでも好きってわけでもないでしょ?余程好きでマニアとかオタクの域に入ってる人なら分かるけど、大場くんはそうではないでしょう?一応中学から同じなんだしそのくらいのことは関わりがなくても分かるわよ。普通の人がそんな物見せてくれなんて頼むわけないし、あんな頼み方してたら切羽詰まった風にしか見えないもの」


そう、海人は決して日本史が大好きで学年1位を取る自信があるから挑むのではない韮山の歴史なんてなおさら興味すらない。もう十数年韮山に住んでいるのだ。興味があったらとっくに調べている。

彼が闘う理由は自分の事ではない。

ただ1人の少女、自分の苦しみや悲しみを決して他人には見せない少女のために闘おうとしている。もちろん彼女に頼まれてもないし、むしろ詮索するなとさえ言われた。

これはあくまで彼の独断であり、言ってしまえば利己心とも言える。だがそうすると決めたのだ。


「あぁ、そうだな。確かに俺は江川家のことについて調べようとしている。江川だってここまでは調べようとはしてないだろ?そう思ったから伊賀先生のところへ行ったんだよ。そしてそのためにあんな真似までした。そんなに土下座にプライドなんてのもないしね。まぁ普段の俺なら、1位なんて到底不可能だよ。けどさ、人間って自分の為だけじゃなくて誰か人の為にやろうと思うと、誰かを守るためにって思うと、有り得ないくらいの力が出るもんなんだよね」


理奈は「もう関わらないで」とは言えなかった。隣に頼れる人がいることの安心感やあたたかさを拒絶することなどできなかった。自分のためにこうまでしてくれる人がこんなにも近くにいることを知って。そして彼女か欲しかった、でも手を伸ばすことの出来なかった「ぬくもり」を感じて…



理奈には分かった。自分の耳が、頬が赤く熱を持っていることが。


そして感じたことのない、経験したことのないこの気持ちに少し戸惑いを覚えた。



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