第肆話
あの後〜海人side〜
先程までは2つあった人影はもう1つしかない。
暗闇にすっかり包まれた周囲は静寂が立ちこめる。虫の鳴き声だけが空しく海人を包み込んでいた。
この不思議な感覚の名前を海人は知らない。
無常感?
虚無感?
こんな経験は初めてかもしれない。
聞けばどうにかなると思ってた。他人のちょっとした苦しみを共有し、少しでも解消できると思ってた。手を差し伸べてあげることができると思ってた。今までのように。
今回だけは違った。スケールがでか過ぎる。
海人はいわゆる「お人好し」である。困っている人を見かけたら彼の良心が疼く。手を差し伸べずにはいられない。
彼の地味な性格上、あまり目立つことはなかったが、それでよかった。彼のモットー、最大の目標は「人に気付かれない優しさ」である。
それゆえに今回の件はこたえた。
彼女が去って数分経ってようやく海人はその重い足を動かし始めた。
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「お兄ちゃん!どこ行ってたの!?由香すごい捜したんだよ!ご飯だからねっ」
「あぁ悪い悪い。ちょっと友達に呼び出されちゃって…」
妹にあまりこの表情を見られたくないので無理やり作り笑いした。
食事中も例のことをずっと考えていた。家の明るい雰囲気にのせられて、さっきよりもポジティブな思考にはなっていた。まだ可能性がゼロな訳ではない、と。
母はなにかとおしゃべりで、海人にも「学校であったことくらい話しなさいよ」とか言ってくる。 無視−−こそはしなかったものの、「別に特にない」とか「普通」とか無愛想にスルー。由香は、やたらと今日の出来事を話しているが。
早速、情報収集を始めた。もちろんネットで。しかしいい史料はない。というかまぁ当然あるわけがない。あったらとっくに解決済みだ。それにこの件は当の江川家にしか知られていないのだ。
とすると、江川家の史料が揃っていて、江川ん家以外の場所は……と考えていると1つのルートにたどり着く。そう自身らが通う韮高である。学祖が江川坦庵であるから。
すると次に自分が行くべきところは決まっていた−−−−−−が…
韮高は県内でも3本の指に入る伝統校で歴史がある。ということで度々文部科学省の役人が来校する。やはり重要な文献やらが存在することは間違いない。
さほど重要でないものなら図書室にもあるだろうが今回に関しては、そうはいかないはずだ。
やはりその重要な文献には管理人がいるはず。
そこに問題があるのだ。その管理人は恐らく、というか間違いなく、日本史教師・伊賀だ。
海人は伊賀があまり好きではない。日本史自体それ程得意でない。
伊賀は一見普通の歳を取った教師だが、韮山にまつわるエピソードや人物になると人が変わる。一気に饒舌になり、一度話し始めたら授業の半分以上を持っていかれる。
だからもし「韮山のことをもっと知りたいから保管してある史料を閲覧させて欲しい」なんて言ったらどうなるから目に見えている。
だが、道はそれくらいしか残されていないはず。
明日土下座してでも頼もう。
独りあんな風に淋しそうにする江川をもう見たくないから…