第弐話
「聞いてしまったのでしょう?私が一人で空に向かって話をしていたのを。盗み聞きっていうのはあまりいい趣味ではないわね」
「いや、その…たまたま通りかかって…」
「あら、こんな山道をたまたま通りかかるものなのかしら?あなたの家はこんなところにあるとでも?」
やばい、やばいぞ俺。
どうする!?どう回避すればいい!?
「えっと、実は散歩してたらちょうど江川が通って、山の方に向かうから不思議に思って…」
「つまり、私が何をしに山へと行くのか気になってついていった、と。それって盗み聞き、悪く言えばストーカーよね?結果的に言えば」
「はい。その通りです。本当にすみませんでした。このことは誰一人にも口外しませんから…
「当然でしょう!!こんなことだれにも知られる訳にはいかないのよ、他人には。まぁ真実を知られても誰にもどうすることも出来ないのだけれどね」
ん?誰にもどうすることも出来ない?友達くらい江川ならすぐにできるだろうに…
彼のお人好し精神が疼きだす。
「友達が欲しいっていうのは全然恥ずかしいことじゃないと思うけど。まぁ俺も言えた義理じゃないけど。何か悩んでるなら言ってみたら?」
「あなたは随分と勘違いをしているみたいだけど、私はそんなことで悩んでいるわけではないわ。これはどうしようもないことなの」
「でも何か少しでも役に立てるかもしれないし、気が楽になるかもしれないぞ?」
「(あぁもう、しつこいなぁ。いっそのこと言っちゃった方が諦めるかも)」
理奈は後ろを向き、その艶のある綺麗な後ろ髪を上げた。
わぁ。綺麗なうなじ……って、え!?
「な、何これ…」
彼女のうなじを携帯のライトで照らすと、黒い紋様のようなものがあった。
「江川家の呪いよ」
えがわけののろい?
「そう、呪い。私を、いや江川家に生まれた女性を苦しめてきた呪い。私のお母さんもこれに苦しめられて亡くなったわ。若くして、ね。いつ頃からこの呪いの起源がどこまで遡るのかは分からないけど、江川家に女として生まれた人は全員呪われているの。女性は皆、生まれた時からこれと同じ紋様が刻まれているの。そして原因不明の病で20代で命を落とすのよ」
なんだよ、それ。そんなもん本当にどうしようもないだろ…
「分かったでしょう?誰にもどうすることも出来ないことが。でもあなたがこのことを知ってしまったからといって気に病むことはないわ。これが江川の女として生まれた運命だもの。」
「でも、聞かれたのがあなたでまだ良かった。あなた信用出来そうだもの。信用してるからね。だ・い・ば・く・ん」
そう言って立ち去って行く彼女を彼はただただ目で追うことしかできなかった。
驚き--それだけではない 。彼女の背負っている『モノ』のスケールの違いを知ってしまった。到底彼なんかが太刀打ちできるものではない。赤の他人だからという点を考慮に入れなくても。
しばらく海人は自分の無力さに茫然と立ち尽くしていた。彼女の髪に隠れたおぞましい紋様が目に焼き付いたまま。