第弐拾壱話
「それにしても本当にすごいわね、三島さんって。噂通りだった。何の資料も見ずにあんなすらすら解説するんだもの。下手したら授業より分かりやすいかも」
「ああ、本当に。何度も教えてもらってる俺が見ても、いつも笑うしかないくらい唖然としちまうし。初めてだったらなおさらだよな」
「ええ。それに国語だけじゃなくって、他の教科も国語程ではないけど出来るって聞くよ。早稲田の文学部の指定校推薦も楽に取れるって噂もあるし。何か嫌になっちゃう」
「それ、俺にとっちゃあ嫌みにしか聞こえないんだが…。江川だって十分勉強できるだろ」
「だって、彼女はそれだけじゃないじゃない。勉強はすごくできるうえに、美人だし。こんな私にだって気軽に声をかけるんだもの。今までの人みたいに、どこか遠慮がちと言うか、私が江川家の本家の人間だからって変に物怖じしないで話してくれるし。まぁ今までは私の方もかなり拒絶してたけどね。この呪いのこともあって。けど三島さんはそれがなくても、抵抗感がなくて安心できたから」
「確かにな。それがあいつの人柄でもあるしな。江川だってちゃっかり友達になったみたいだったしな。最初教室に入ってきた時は、あんな風に三島を疑ってるような感じだったからどうなることかと思ったけど、それも杞憂だったみたいだな。それにしても、俺が最初龍城山で江川と出くわしたときには、私に近づかないで、とかこれ以上私に関わろうとしないで、とかおっかない雰囲気で突っかかってきたのに、今ではずいぶん穏やかになったよな。俺ともこうやって普通に話とかしてるし、三島ともアドレス交換してるし」
「べっ、別にいいでしょう!?私だっていろいろ考えて変わろうとしてるんだからっ」
そう言って、妙に口調を荒げながら理奈は言った。そしてその後はすぐに下を向いてしまった。彼女の頬が赤く染まっていたことは言うまでもない。無論海人がそのようなことに気づくこともなかったのだが。
(全く、誰のせいで私がこんなにも変わっちゃったと思ってるのよ)
口には決して出来ない想いを胸に抱きながら、理奈は早足で書庫までの道を進んだ。
空調の利いていない蒸し暑かった教室から、自然空調の利いた地下独特のひんやりとした書庫へとやって来た2人は、またいつものように椅子に腰掛けた。机には例の日記を置いて。
「はあぁぁぁ。今日から夏休みか。今までだったら待ち望んでたのにな。本格的に始めなきゃいけないんだもんな、受験勉強。まぁでもこの件の解決が最優先だけどな」
「ちょ、ちょっと。勉強をおろそかにしないでよ。今まではちょっと甘えて結構任せちゃってたけど、これ以上大場くんを巻き込むのは気が引けるよ」
「そんなこと言うなって。もちろん勉強だってするけど、この件に関しては最後までやり遂げるつもりだよ。それが俺の流儀って言うか、モットーでもあるし。それにここから江川1人で解決出来るって訳じゃないだろう?中途半端に手貸して後は丸投げなんて真似は出来ねえよ。…それに、何か放っとけないし。江川のこと」
そう言うと、海人は頭をかいて視線を理奈から逸らした。自分がどうやらクサいことを言っていたことに気づいたらしい。
「い、いいの、本当に?まだまだかかるかもしれないし、たくさん迷惑掛けるかもしれないのよ?」
「だからいいって。絶対に解決してやるから」
海人は、そう言葉を掛けて、理奈に笑顔を向けた。その純粋な笑顔に、理奈はまたうつむいてしまった。彼女の心臓だけが、この静寂な部屋の中で暴れまわる。理奈は、その今まで経験したことのない感情に気づき始めるのだった。




