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第弐拾話

古典文学とその時代背景においては、博覧強記の頭脳の持ち主である由紀乃ならばこの和歌の謎を解けるだろうと信頼して、また教師よりも数段話しかけやすい彼女、三島由紀乃に依頼したのだ。案の定何か分かった様である。


「ええっと、まず大まかな説明だけしようかな。簡単に言えば、この歌はさっき江川さんが言ったように、何かを訴えている。出来ることなら呪ってやりたい、恨んでやる、そんなメッセージが込められいるのだと思うの。それが誰に向けてなのかと言うと、おおざっぱには後世を生きる人々、強いて言うなら江川家の人々なのかもしれない」


(すごいこれだけで。しかも的を得ている)


「じゃあ上の句と下の句に分けて確認した方がいいかな。まず上の句、『よのなかの かわらんことの かなしさよ』については、直訳すれば『世の中が変わってしまうのが悲しい』ってなるけど、時代背景も踏まえていくと、この頃は日本史でも履修済だと思うけど、ちょうど開国した頃なんじゃないかな、坦庵さんの娘だって言うし。開国して文明開化が起こって生活は目まぐるしく変わってしまう。そのことが悲しいってなるよね」


「ああ、そこまでなら俺でも分かったんだ。でもそこから下の句になるとさっぱりなんだよな…」

しばらく蚊帳の外に追いやられていた海人が発言した。


「だろうね。残念ながらその解釈だと間違ってるの。下の句を読めば分かるんだけど、この人は、世の中が変わって行くことに対して悲しみを抱いている訳ではないの」


「えっ?そうなのか?」

「うん。さっき言ったことがヒントなんだけど、後世の人々に恨みがあるって言ったでしょ?じゃあ下の句も考えてみよっか。そうすれば多分わかるよ」


「『ふじのふもとの はかなきことかな』だよね。この『ふじ』は掛詞で『富士』と『不治』が掛かってるの。江川家っていうのは、江川さんが一番よく分かってると思うんだけど、幕府の命によって黒船襲来に備えて、この韮山の地で大砲を作ることになって、それによって町は栄え江川家は次第に権力を握っていったの。そのことを、日本一の手前という少し大袈裟に意味を込めて『ふじのふもと』と例えたみたいだね。それを最後まで見届けることが出来ないから悲しいって言ってるの。なぜなら、『不治のふもと』だから。最後にも『はかなきことかな』ってあるけど、これも2つ意味があって、1つは現代と同じ意味で、世の中が簡単に変わってしまうはかなさを言ってるんだけど、もう1つは『はかなし』という動詞には死ぬって意味もあるの。きっともうどうしようもない病気にかかって自分がもうすぐ死んでしまうことが分かったんだろうね」


「だから後世を生きる人々、強いて言うなら江川家の子孫なのね。今の話なら納得がいくわ」


「うん。だからこれをまとめると、自分の命がもうすぐで絶えてしまう。それと同じくらい呆気なく、簡単にどんどん世の中はいい方へと変わっていく。けれど、それを自分の目で見ることが出来ないのは非常に悲しいことよ。って感じかな?要するにそれを見届けることが出来る人に対しての皮肉なのかな」


それをずっと聞いていた2人は唖然とした。何度か聞いたことのある海人でさえ驚きを隠せない。由紀乃の授業ばりの解説にただただ感心するばかりであった。


「本当に噂通りすごいのね、三島さんって。まるで授業を聞いてるみたいだった。知識もすごい豊富だし」


「いや、そんなことないよ。私はただ古典の世界に興味があっただけ。1つのことに興味を持ったら、その知識を更に広げるためにそれと関連した分野を調べて行ったら自然と覚えていっただけだから。それで、他に何か聞きたいことはある?」


「いえ、もう大丈夫。また何かあったら聞いてもいいかな?」


「うん、もちろんだよ。じゃあ、アドレス交換しよっか」


「え?ああ、うん。そうね」


 そういって2人はお互いの携帯電話を向かい合わせた。その姿に、海人は一人感心するのだった。今まで人との関わりを持ってこなかった理奈が少しずつとはいえ、前へと進んでいることが見てとれたから。理奈もこのことには気づいているのであろう。そして、そのきっかけを作ったのが誰でもない、海人だということに。

 

 2人は挨拶を済ませ、廊下へと出た。





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