第拾玖話
三島由紀乃――日本人らしい小柄な身長で、とても愛嬌のある女子生徒として男女問わず人気が高い。髪はショートヘアーにカチューシャをしており、眼鏡をかけている。女性らしい体つきをしているが、それだけでなく、文系No.1の学力の持ち主である。特に国語は大の得意としており、特定の分野においては教師をも上回る程の知識を持ち合わせている。しかし小さい頃は、作家である三島由紀夫と名前が似ていることでよくからかわれたことがあり、若干のトラウマとなっている。
そんな完璧とも言える彼女と海人がなぜ親しい仲にあるのかと言えば、部活が一緒だったからである。文化部でもともと同学年の人数が少なかったこともあり、比較的良く話し、根暗と言われる海人でも仲が良くなれたのだ。それだけではなく、彼女は海人がお人好し精神によって手を差し伸べた人のうちの1人なのである。 そんなこともあってか、彼女とはずいぶん仲がいいのだ。
「今朝の噂の中心人物、時の人・大場海人くんが何の相談ですか?」
「何だよ、そのよそよそしい話し方は。っていうか、あの噂もガセだぞ。昨日帰りにたまたま江川と一緒になったから途中まで帰っただけなのに、写メまで撮りやがって」
「まあまあ落ち着いて。でもあの江川さんが話するなんて珍しいね。じゃあ本題に移ろうか」
「あぁ、相談ってのはまあ勉強のことなんだけど。もちろん古典のな。でこの和歌なんだけど…」
そう言って、海人は日記に書いてあった和歌を由紀乃に見せた。
「よのなかの かわらんことの かなしさよ
ふじのふもとの はかなきことかな ……か。この和歌についての簡単な情報を教えて?」
「それがだな…これの依頼者がもうじき来ると思うんだが…」
海人がそう言ったまさにそのとき、彼らのいた教室のドアが開いた。
「失礼します…」
そう控え目に理奈は教室に入ってきた。
(えっ!?大場くんの言ってた人って女の子なの?しかも三島さん?)
海人の隣にいたその人が女子と知って、理奈は少し動揺してしまう。
「…その、大場くん。ちょっといい?」
そう言って理奈は海人を廊下へと連れ出した。
「おい、なんだよ急に」
「だって、えっと…海人くんの言ってた人、男子だと思ってたから。それで教室入ったら海人くん三島さんと仲良さそうに話してたから…か、彼女だったり?」
理奈はほんのり頬を赤らめて俯き加減にたずねた。
「んなことあるか。あんな才色兼備なのと俺がどうなったらそういう関係になれるんだよ。それより話はそれだけか?今朝の噂江川も知ってるだろ?こんな所でまた2人で話してたら、皆にまた変な噂立てられるぞ。江川だって男子に結構狙われてるんだからな?俺がとばっちりくらうからさ」
「う、うん」
その一言に理奈は内心ホッとして海人と教室に再び入った。
(よかった。彼女じゃないんだ)
そう思ってしまう理奈がそこにはいた。
「あっ戻ってきた。で江川さんだよね?この和歌について聞かせてもらえる?」
「あっ、ええ。この歌何だけど、実はこの歌作ったの私の祖先で。明治の人なんだけどね。江川華代って言うの。えっと、家柄とか言えばいいんだよね?この人はあの江川坦庵さんの娘で男兄弟の中でただ1人の女性なの」
「これがいつ頃書いたか分かる?あと亡くなった歳も」
「ええ。確か亡くなったのが19歳で、これは亡くなられる前に書かれたのだと思う。…そうだ。この作品、何かを訴えているような感じで書かれてたの。字も荒れてて、呪っているような。私が過去の江川家の人たちを調べてたらこの人の作品が見つかって。普段はすごくきれいな字なのに、これだけ恐ろしいほど荒れてて。なんかごめんなさい、こんな私事に付き合わせてしまって」
「…そう。何となく分かったわ。私なら全然問題ないよ。こういうの大好きだし。それに江川さんともお話してみたかったから」
由紀乃はそう言って、はにかんでみせた。2人の横に立ち並んでいた海人は一人場違いな感じがしていた。美人2人に囲まれ、非常に気まずい思いをしていたのだった。




