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第拾捌話


 夏もすっかり本番になり、世間では夏休みムード。しかし3年の間では早くから暗い空気が立ちこめていた。なんせ進学校の3年生というのは本格的に受験勉強と言うものが始まるのである。なぜこんなにも暗いのか。それは受験の天王山とも言われる夏休みが明日から、いや正確に言うならば今日の午前の終業式が終わった瞬間からスタートするのである。ある者は学校の夏期講習を、またある者は有名予備校の夏期講習へと通うのである。しかし後者はどちらかと言うと少数派と言える。なぜならば、ここ韮山が田舎だからに尽きるのかもしれない。まあそのようなことは、当人たちにとっては今は関係ないとも言えた。校内、3年内ではある噂で持ち切りだったからである。



 海人は、昨日も勉強をそこそこにして、例の日記について整理していた。彼自身としても、こんなにも早く手がかりが掴めるとは思っていなかった。興味本位で江川華代という人物について調べていたら、たまたま彼女がこの件の首謀者であったからである。そして、彼女は一首の和歌を遺した。彼女が何かに恨みをもっているというような大まかなことはなんとか理解できた。しかしここから先に進むには、この和歌の意味を捉えて、何を訴えているのかを理解しなければならない。

 そのために今日、海人は久しぶりにとある人物に会いに行こうとしていた。どこかパッとせず、目立たない海人の数少ない親しい人である。いつも通り登校時間の5分前に着くように家を出た。今学校でどのようなことが起こっているのかもつゆ知らず。



 海人は、いつも通りに学校に着き、自分の教室までゆっくりと向かった。


「おいおい、やけに今日は朝からうるさいな。あぁ今日から夏休みだからか。俺達には夏休みもあってないようなもんだけどな。と言っても俺にはまだやることがあるけどな」


 そんなのんきなことを言いながら教室に入ろうとしたその時だった。


「おおい、海人!!どういうことだ、これは!?」


 そう言ってきたのは、例のクラス委員長の修善寺健斗だった。彼は、前に海人に龍城山の噂を確かめてきてくれとせがんできた奴である。何かと好奇心をもって首を突っ込んでくる噂好きなのだ。「また何かの噂か?」と思いながら海人は顔を声のした方へ向けた。


「海人、これだよ、これ!この写真。お前あの江川さんと…そ、その、付き合ってるのか!?今日俺が朝来た時からその噂で持ち切りなんだよ。この写真、確かにお前らだよな?あの孤高の美少女、江川理奈をどう落としたんだ?」


「……はぁぁぁぁあ!?何だよこれ。誰が撮ったんだよこんなの。ていうか俺は江川とは付き合ってねえよ。昨日はたまたま帰りが一緒になって…。ほら俺達韮山出身だろ?家も学校から近いし2人とも歩きなんだよ」


「いや、でも昨日見たやつは海人と江川さんがすげえ楽しそうに話しながら帰ってたって言ってたぞ。あの誰とも話そうとしない人が、だぞ!しかも最近放課後2人で廊下歩いてたのを見たって奴もいるし。絶対何かあるだろ?」


 そういって、強面の顔を近づけてくる。海人が登校したことを知った他の野次馬たちも揃って海人を囲う。海人は妙に暑苦しく感じた。現に夏だから非常に暑いのだが。


「いや…その、中学からのよしみってやつかな。中学の頃から少しは話もしてたし。放課後は…ほら、江川って頭いいだろ?だから少し分からないところを教えてもらってたんだ。だから実際江川とは本当に何にもないんだ」


 そう障りのない嘘をつき何とかその場を逃れた海人だった。同時に恋路を巡る男の争いの激しさを知ってしまった海人であった。



 ようやく、大掃除、終業式を終え解放された海人は待たせているその人の教室へと向かった。

 海人は昨日の夜にメールで、「相談があるから終業式が終わったら、そのまま教室に残っていてくれ」とアポを取っていた。向かった先は理系である海人の教室とは真逆の文系の教室である。


「待たせたか、悪いな三島みしま呼び出しちまって」


「ううん、大丈夫だよ。海人くんの頼みだもの。で、どうかしたの?」


 そうして、話を始めることにした。




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