第拾漆話
[花言葉]
17世紀にオスマン帝国、現在のトルコの首都・イスタンブールで付けられ始めるようになったとされる。英国では19世紀のヴィクトリア朝時代に流行し、定着した。日本に伝わったのは明治時代初期。
「へぇ〜、こんな昔からあるんだ。全然予想外。で、これと何の関係があるの?」
「ここに日本に伝わったのは明治時代初期って書いてあるだろ?明治時代初期、つまりちょうど華代さんが生まれるのと同じくらいの時期なんだよ。こういう情報ってのはやっぱり権力のある人とか、外国との関わりが深い人が良く知っていると思うんだけど、江川家、特に坦庵さんは、蘭学とか、西洋砲術を熱心に学んでいたっていうから、こういう海外の情報もいち早く入手していた可能性は十分にあり得る。すなわち彼女、華代さんが花言葉を知っていても何ら不思議ではないだろう。これが男だったら、言っちゃ悪いがこんなものには全く興味を示さなかったかもしれないな。けど女性は違う。花を愛でるとかいった、そういう繊細な心があったんだ。毎日日記を書いて、それに歌を付けてた華代さんならなおさらな。だからこの三つ葉のクローバーも、あえてこのページに挟んだんだよ。花言葉を知っていたから」
海人は「あくまでも俺の予測であって、勝手な見解だから証拠なんてのはないんだけどな」と頭を掻いて言った。
「じゃあ三つ葉のクローバーの花言葉って何なの?」
理奈にそう尋ねられ、海人は少し顔を渋めて、花図鑑のこれまた付箋の付いたページを開いた。
「あんまり気を悪くするなよ」
そう言って海人が見せたページには…
[シロツメクサ]
……花言葉:幸運、約束、感化、…、”復讐心”
「……復讐心…」
「信じられないかもしれないけど、彼女が花言葉を、クローバーの花言葉を知っていたと仮定すると、今までのことも全部つじつまがあってしまうんだよ。まるでパズルのピースがぴったりとはまって、すべて埋まるように。あの日付だって、あの日までの間に何かがあって、それで復讐心をこめてたった一首を残したんだろう。それがあの殴り書きなんだと思う」
「じゃあ、呪いの元凶は…」
「ああ、そうだろうね。ほぼ間違いなく江川華代さんが始まりだろうね」
そう海人が言うと、しばらく沈黙が続いた。無理もない。一度にたくさんのことを知ってしまったのだから。理奈だけでなく、海人にも頭の整理が必要だった。理奈にとっては、少しショックだったのかもしれない。華代には兄弟がいたが、それでも子供の中で女一人という点で、理奈と華代は、ある意味同じ境遇にいた人であったから。
そして、その数秒の静寂は海人の一言によって破れた。
「まぁ、今日はもう中途半端な時間だし、ここまでにしようか」
そういって2人は書庫を出て帰路についた。
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「そういえば江川とは中学から一緒だけど、こんなに2人で話したことなんかなかったよな?」
「うん。私人との交流を自ら断ってきた、っていうかそういう関わりをもたないできたからね」
「でも解決の糸口がやっと見えてきた感じがするし、日本史のテスト頑張って本当に良かったよ。あの書庫がなかったらまずここにすらたどり着けなかったしな。日本史の成績も上がるし、一石二鳥だ」
「でも、ここまではいいとして、あの和歌はどうするの?一番の鍵はあれなんでしょう?恨みとかを込めて書いたんだからきっとあの和歌が重要なんだし。私はさすがに和歌の深い意味とかは分からないわよ」
「それはたぶん大丈夫だよ。一人当てがいるから」
「この件には誰にも話さないって言ったでしょ?…まあ和歌を見せるだけなら問題ないけど」
「ああ問題ない。そいつ、国語が得意なやつでさ。特に古典は相当強いよ。有名な古典作品なら冒頭部分の暗唱も出来るくらいだし。そいつには時代とか作者の家柄とかを教えれば大丈夫だから。まあ華代さんが江川の祖先ってことはばれちゃうけど、江川が一緒についてきて、適当に理由付ければ問題ないでしょ。もちろん核心となる部分は話さないよ。あいつも余計な詮索とかはしてこないし、信頼できるやつだから。明日にでも頼んでみるよ」
「そんなあてがあるなんて。今日の大場くんはずいぶん冴えてるわね。じゃあ私こっちだから」
そう言って、理奈と海人はそれぞれの帰路へとついた。
少しずつ、2人の距離が近づいていることにまだ2人は気づいていなかった。




