第拾陸話
海人が書庫を抜け出してから数分、確かにすぐに海人は図書館から書庫へと姿を戻した。余程急いで走って来たのか、かなり息があがっている。書庫は地下に存在する。それに対し図書室は最上階の四階にある。息があがるのも無理はない。
「悪い悪い、急に抜け出しちゃって」
そう言って、海人は脇に何やら大きめの本を抱え戻って来た。
「本当よ。何しに行くか全く言わずに私だけ残して出てくんだもの。何しに行って来たの?」
「そんな事よりもまず、江川。ちょっと後ろ向いてくれないか?大事な事だから」
「話聞いてるの?もう、別にいいけど」
理奈が後ろを向くと、海人は「ちょっと触るぞ」と言ってその長い髪の毛をすくった。
「……ひゃっ!ちょ、ちょっと!何するのよ!」
不意に後ろ髪を触られた理奈は顔を赤面させて、思わず大きな声を出してしまった。
「……やっぱり」
「何がやっぱりなのよ!もう。人の髪の毛勝手に触って」
「悪い、でも触る瞬間に許可取っただろ?」
「でも触っていいとは言ってないでしょ。恥ずかしいんだから。(勘違いしちゃうじゃない)…大場くんだからまぁいいけど…。それより、やっぱりって?」
「あぁ、ほぼ全部分かった。さすがに和歌の意味までは分からないけど、おそらく…」
「え、ちょ、ちょっと。何どういう事?私の髪の毛触った事と何か関係があるの?」
「いや、さっきのは別に俺が江川の髪を触りたかったわけでも、眺めたかったわけでも、まして匂いを嗅ぎたかったわけでもない」
「当たり前でしょ!そんな気があるような人だったら私絶対近寄らないもの。で、なんで触ったの?」
「いいか、今から順を追って説明するからまぁ慌てないで聞いて理解してくれよ。髪の事は後で出てくるから。まあ江川は頭いいから問題ないと思うけど」
「うん、分かったわ。で、さっきは何しに行ってたの?」
「ああ。これを取りにな」
そう言って、海人が見せたのは先程まで脇に抱えていた2冊の本だった。百科事典と、花の図鑑。
「じゃあ、どこから話そうかな。まずは三つ葉のクローバーの話からがいいかな」
「え?あれも何か関係があるの?」
「ああ、大有りだ。俺がこの事に確信がいった理由がこれだからな。始めにこのページ、というかこのクローバーの跡を見て、『どこかで見たことあるよな』って思ってたんだ。江川には言わなかったけど」
「クローバーくらい誰でも見たことあるでしょ、こんなに田舎なんだし。見たことない人なんて逆に見つからないでしょ」
「いーや違う、そうじゃなくて。『このクローバー』を見たことがあるんだ。この形のをね。どこだと思う?」
「そんなの分かる訳ないでしょ。ありふれすぎて」
「まあそうだよな。案外一番近くにいる江川が一番分からないのかもな。自分の目で生で見たことないだろうし」
「私が一番近くで、しかもそれを見たことがないって、それどういうこと?」
「さっき俺が後ろを向かせて髪触ったよな。あれ、俺本当に申し訳ないことしたんだけど、実は江川の『呪い』の跡を見てたんだ。気を悪くしたらゴメン。それで確信がいったんだ。……そう。この日記のクローバーの跡と、江川の首の後ろにある紋様は”全く同じ形”なんだ」
「そんなことってあるの!?……私この紋様が大嫌いで、見たくもなかったからずっと見なかったの。小さい頃一回だけ写真撮ってもらって見たけど。それからはもう…」
「そうだよな、あんなおぞましいやつ見たくなんかないよな…何かゴメン」
「大場くんが謝る必要なんてないよ。で、次は?」
「ああそうだな。これがまず一つで、次がこれだよ」
と言って、海人は二つの図鑑を指差した。
「江川。いきなりだが、”花言葉”の起源っていつだか知ってるか?」
「本当にいきなりね。うーん、つい最近なんじゃない?」
「それが違うんだよな」
そう言って、海人は百科事典の付箋の付いた(もちろんつけたのは海人だが)ページを開いた。




