第拾伍話
手に取ったそれは枯れ果てた一枚の三つ葉のクローバー。色素はすっかりなくなり、ただしわがれただけのそれだった。
「えっ、何だこれ?」
海人は思わず口にした。それが何であるかなど手に取った自分が一番良く分かるはずだが。
「…三つ葉…だよね、それ」
「ああ、そうだよな三つ葉のクローバーだよな。枯れてるが」
歌の書いてあるその畏れのあるページに緑色のクローバーの形をした跡がくっきり残っている。どうやらそのクローバーは日記のそのページに長い間挟まっていたようだった。その跡はどこかで見た事があるような、でも思い出せない。そんなもどかしさが、心のもやもやが残る海人だった。なんせ三つ葉のクローバーなどどこにでも生えている草である。見た事があって当たり前なのだ。しかし海人は「その三つ葉の形」に見覚えがある感じがしてならないのだった。
「何だろう、この歌。今までと全く違うわ。ほら、雰囲気とか。見れば一目瞭然なんだけど。今まで『江川華代』を全否定してると言うか、全くの別人格のような。今まではすごい穏やかな感じだったのに、それが一変していきなりこんな風に…」
そのページにはそれが書かれたであろう日付と、一首の歌しか書かれていない。クローバーの跡も。誰がどう考えてもこのようなものを遺したのには、れっきとした理由があるはずである。クローバーはどうかは分からないが。
誰かが閲覧して、その際に挟まってしまった可能性も無くは無い。
海人はもう一度そのページを一瞥した。そして若干の違和感を覚えた。
「ちょっといいか?」
そういって、海人はどんどん前のページに戻っていく。そして最初のページまで行き着いてまた最後のページに戻った。
「……やっぱり」
「やっぱりって何?ねえ何か分かったの?教えてよ」
「いや、なんて言うか、いくつか引っかかってる事があって。そのモヤモヤが一つ晴れたっていうかね。江川が今『雰囲気が違う』って言っただろ?その答えがこれなんじゃないかって…」
そう言って海人は指を差した。
「…日付?日付がどうかしたの?」
「ああ初めから読んで来て、この人の事几帳面だって思って読んでただろ?でもほらっ」
といって、前のページに戻って日付を指差す。
「あっ、日付が全然違う。毎日欠かさず付けてたのに」
「ああそうなんだよ。この空白の時間に何かあった事はもはや明確だよ」
海人には、まだいくつか気がかりな事が残っていた。最後のページに残された三つ葉のクローバー、メッセージ性が強いと思われる一つの歌、急に乱れた字体、日付のズレ。どう見ても荒れているようにしか思えない。
…それに、どうしてあの最後のページに残された三つ葉のクローバーの跡を目にした時に、それを見た事があるなどと思ったのだろうか。そう思った瞬間、ある言葉が頭をよぎった。
「…もしかして」
「えっ今度は何?」
「悪い、少しここで待ってて。図書室に行ってくる」
「え?ちょ、ちょっと待ってよ。何しに行くのよ?私も行くわ」
「いやすぐ済む用だから。それに鍵開けたままここを空けるのはまずいだろ。だから少し待ってて」
そう言って、海人は勢いよく書庫から出て行った。
「もしこれが正しければ……」
そう思って、海人は図書室までの廊下を駆け足で駆け抜けた。




