表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

しろつめ草

作者:

 好きな人がいるの。


その人は男なのに色っぽくって、なのに無愛想で全然優しくない。

でも、冷たい人じゃない。心の奥深くにはあったかいものが棲んでいる。

保健室に通い続けて、なんとなく分かったよ。



 初めて会ったときは確か今から一年前。

私の一目ぼれだった。

それからどうしても私に振り向いて欲しくって、わざと怪我をするようなことをした。

さすがに怪我ばっかしてたら自分の身がもたないって気付いて、本当に我ながら馬鹿だったと思う。

それでも一時間おきに通い続けてたから、さすがにうんざりとした顔をされたっけ。

でも、安心していいよ。

もう私ここに来ないから。

やっと私から解放されるよ、良かったね。


「マイ」


 私を呼ぶ声がして、後ろを振り向く。

そこには貴方が立っていた。

運動場からは野球部の声が聞こえる。窓から夕日が差し込んで、少しまぶしい。

私が目を細くしていると、いつの間にか貴方は私の目の前にまで来ていて、見上げれば貴方は険しい表情をしていた。


「どうしたの、怖い顔して」

「何で言わなかった」


私の言葉を完全無視してそう呟いた。

いつもよりも低い声に、少し肩をすくめる。

そう、この人は怒るとすごい怖い人だった。

黙っている私に、貴方は舌打ちをして私の腕を乱暴につかんだ。

連れてこられた先は保健室。

保健室独特の薬品のにおいがする。

それに少し混じって、貴方の良い匂いがする。

ああ、私重症かもしれない。


「何で言わなかった」


同じ台詞をまた私に投げかける。

私はいつもの席に座りながら口を開く。


「どうして言わなきゃいけないの?」


きっと思いがけない言葉だったんだろう。

保健室に沈黙ながれる。

ちらりと彼を見ると、難しい顔をして私を見ていた。

きっと彼にあんな顔をさせられるのは、この学校で私一人だけだろう。

そのことが私を優越感に浸らせた。


「だって貴方、私に興味ないじゃない」


貴方は何も言わない。

かまわず言葉をつなげる。


「毎日通ったってかまってくれないし、最近無視だし。私の気持ち分かってるっていうのに、悪趣味だよね。だから私がいなくなったほうがいいでしょ? いなくなってせいせいするでしょ? そうなんでしょ?」


自分で言ってて悲しくなってきた。

そう、もうここには来れないの。

それに対して貴方は何も感じないんでしょうね。

私はこんなに胸が締め付けられるっていうのに。


「…ああ、そうだな、いなくなってせいせいする」


分かりきった言葉、でもなんでこんなに苦しいのだろう。

少しは期待していたのかもしれない。

そんな事ない、そう言ってくれるって思っていたのかもね。

馬鹿よね。


「でも、何かが足りなくなるんだろうな」


うつむいていた顔を貴方のほうに向ける。

貴方は寂しそうな笑みを浮かべていた。


「いつもは煩くってうぜーけど、いなくなったらなったで静かすぎるんだろうな」


私は何も言えなかった。


「で、どこに引っ越すんだ」


いきなりの問いに私はあわてて答える。


「北海道……」

「遠いな」

「…うん」

「帰ってくる予定は?」

「ない」

「へえ」


相変わらず寂しそうな目で私を見てる。

そんな貴方を見るのは初めてだ。

でも、意地悪な人。

思わせぶりな言葉を言っておいて、私が一番欲しい言葉はかけてくれないのね。

でも、これが貴方だよね。

こんな貴方だからこそ、私は好きになったんだよね。


「ねえ」


私は椅子から立ち上がる。


「好きだよ」


短い沈黙のあと、貴方は知ってると答えた。

私はそんな貴方に苦笑を浮かべながら、そうだろうねと言う。

もうこんな時間は訪れない。

次に会うときは、貴方は三十代に入っていて、私は大人の女性になっているだろう。

それでもきっと私の想いは変わらないんだろう。


「私、綺麗になるよ。大人の女になるよ。今みたいに子供じゃないよ。身体も心も、全部大人になるよ」



―――だから



「また会ってくれる?」


貴方はいつもの口元をつり上げたいやらしい笑顔で私を見ていて、私もなんだか笑ってしまって、そこに言葉は無かったけど、それは無言の肯定だと勝手に決めて、机の上にある自分のカバンを手にとってドアに向かった。


これでお別れだね。

また会おうね。

忘れないでね。

いきたくないよ。


静かに、ほほに涙がつたった。


最後に貴方の姿を焼けつけておきたくって振り向いた。

いつもの場所に貴方は座っていて、いつも通り私のことを見てて、でもその目がどこか寂しそうで。私の気のせいかもしれないけど、気のせいじゃなかったらいいな。


「バイバイ、先生」



嗚呼、身体に染み付いたこの保健室の独特のにおいが、また私を悲しくさせる。



しろつめくさ

花言葉:約束




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ