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世界の守人

作者: 山石コウ 

この作品には毛虫についての描写があります。苦手な方はご注意下さい。

 私はこの日、いつものように神経を研ぎ澄ませながらバス停までの道を歩いていた。何故かって? それは、私がオカルト研究会の会長だからに他ならない。



 我が高校にオカルト研究会(ゆくゆくは部に昇格させたいのだが……)を立ち上げた私は、何を隠そう超常現象に飢えていた。



 そう、実は私の周りにはオカルト臭のするものが一切存在しないのだ。学校の七不思議さえ語り継がれていないのが更に嘆かわしい!普通あるでしょう、七つと言わず八つや九つ。誰か探せよ七不思議。無ければ怪談を作るぐらいの剛の者はいなかったのか……。私はこの学校に入学当初、先輩達の胸倉を何度揺さぶってきたか分らないほど憤ったのを覚えている。



 身近に無いのなら、探すしかない。という考えに思い至った私は、常日頃から神経を尖らせアンテナを張り巡らせながら過ごすことにした。唸れ私の第六感! バッチ来い超常現象! なのである。



 ただ非常に残念なことに、今まで私は一度として霊を目撃した事も無ければ、金縛りにさえあったことも無い。同じクラスの美江ちゃんから、夜中に自分を見下ろす冷たい影がいた話を聞かされた時には、ハンカチを噛み締めながら悔しがったものだ。



 そういうわけで、私は下校途中であっても常に怪異を探しているのだ。全ては心霊スポットを自分の目で検証するため。みんなでキャーキャー言いながら心霊スポットを検証する。なんて素晴らしい。私の幼少の頃からの夢である。だから、是が非でもこの近くで心霊スポットを探さねばならないのだ。



 バス停に着くと、正面には小高い山が見える。緑茂る低い山だがそれなりの大きさがあり、綺麗な三角形に見えることから、三角山などと呼ばれていたっけ。



 私はバスの時間を確かめてから、三角山の中腹に目を向けた。山の半ばに白い建物がにょっきりと生えている。真っ白で先端が尖っているそれは、まるで子供が面白半分に突き立てた鉛筆のようだ。



 一体何の為の塔なのか、全く分らないし興味も無いが、遠目に見ても綺麗な塔である。美しい景観の一部分として眺めるのは心癒される。



「あの、すみません」



 そのとき、いかにも外回り中というサラリーマン風の若い男性が私に声をかけて来た。


「道を尋ねたいのですが、山久医院はどの辺りにあるかご存知ですか」



「知ってますよ。ここからだと三角山を正面にして、あの白い塔に向かって真っ直ぐ伸びた道を行くと……」



「は? 白い塔ですか……それって、どこにあるんです?」



 なぬ?



 男性は山と私を見比べて怪訝な顔をする。



 私は、男性にも分るように指を差して説明した。



「あの山の中腹に見えますよね。ほら、先の細い鉛筆みたいな塔のことです」



「はぁ。いや、ちょっと見えないですけど」



 ハテナマーク一杯の男性の顔を見る限り、本当に彼には白い塔は見えていないらしい。これは奇怪な事だ。もしかしたら、私の待ち望んでいる怪異がやっと姿を現したのではないだろうか。そうと分れば、早速現場に向かって下調べをしなければなるまい。



 っとその前に。思い切り不振な目をして若干身を引いているこの男性に、コイツ頭は大丈夫か? と思われないうちに、穏便にさよならを言わなければ。



「すみません。私の勘違いでした。この道を真っ直ぐ行ったところにコンビ二がありますので、そこを右折して下さい。そうすれば山久医院の看板が見えてくるはずです」



 男性は、まだ疑わしそうな目で私を見ていたが、先ほどよりも分りやすい説明のおかげか、形ばかりのお礼を口にしてそそくさと去っていった。いやいや、構わないさ。お礼を言いたいのは私の方なのだから。



 よもや、日常の景観にこんな怪異が潜んでいるなんて、誰が想像できただろう。私には当たり前に見えていたものが他人には見えていなかったなどと考えるだけで、私は興奮して動悸がしてきた。



 もっとも、あの男性がただの近眼だったという可能性も否めないが、とにかく現場検証あるのみだ。私はバス停から踊るような足取りで、山へ続く道を歩いていった。






 鼻息も荒く喜び勇んでいた私だが、山の中に入るにつれて段々と弱弱しい呼吸を繰り返すばかりになった。誰だよ。日も暮れようという時に、こんな山の中に入る決意をした奴は。



 私は段々と自分の決断が愚かしいもののような気がしてきた。日はとっくに暮れている。近くに見えていた三角山だが、歩いてみると結構な距離があるもので、バス停を出発してから軽く三十分は掛かっている。その上、山を登るとなると勾配も邪魔をして思うように進むことが出来ない。



 私は中途半端に整備された山道を、ゼイゼイ言いながらひたすら上る。人の手が加わった道を辿って行けば道に迷う心配はないのだが、如何せん。問題の白い塔までは、行けども行けども辿り着かない。もういい加減後悔し始めたところで、ようやく開けた場所に出る事が出来た。



 白い塔はとても巨大な建物だった。今まで蓄積された私の疲れを払拭させるほど、雄雄しく聳え立っている。その隣には塔に付随するようかのに、こじんまりとした洋館が並び建っている。



 私は迷わず薄闇の中に浮かび上がる、白い塔に近寄っていった。周りの短く刈られた草を見ると、やはり定期的に人の手が入っているのが分る。



 何かの記念碑なのだろうか?それとも、ただの目印?いや、それよりももっと霊的な曰くがある方が私の好みだ。ともあれ、まずは第一コンタクトである。私は白い塔の真下まで来ると、その滑らかで艶のある一部に触れた。



 キン!



 耳元で金属が触れ合うような音が一瞬響き、次の瞬間には、私の体はまるで塔に引き込まれるように白い壁に飲み込まれていった。



 瞬き数回。ここは、何処だろう? さっきまで、確かに私は例の怪しい塔の外に居た。それは絶対に間違いない。今の私は、ぼんやりと柔らかい明かりが灯る室内に居る。おかしい。いつの間に移動したのだろうか?



 私の胸は、まるでボレロがクライマックスに向かうかのごとく段々と高鳴り始めていた。これは、これこそは……待ちに待った超常現象ではないだろうか。 



 身を縮めて喜びを外に逃がすまいとしている私の背後に、その時何かが近寄ってきた。



「どこから入ってきた」



 突然かけられた声にびっくりして振り向くと、私は返事も出来ずに小さく跳ね上がった。そこに居たのは人の背丈ほどもある巨大な毛虫だった。



 とげとげする禍々しい程赤い針を体から突き出させ、尺取虫の如く這って来る姿を見ただけで、私の体に怖気が走りまくった。



 私は、オカルトやスプラッタな物ははこよなく愛するが、虫は蛇蝎の如く嫌っている。いや、蛇蝎のほうがまだましだ。



 私の怯えを敏感に察知したのか、毛虫は私と一定の距離を保つと更に話しかけてきた。



「少し話がしたいのだが……。ふむ。では」



 毛虫が世にもおぞましく頷くと、瞬き一つする間に人間の姿へと変わっていた。



「これならば、話もし易かろう」



 男の姿になった毛虫は、自身を確かめるように見渡してから私へ目を向けてきた。



 その顔は今まで毛虫だったとは思えない程、凛として美しかった。細く繊細な眉毛に、切れ長の瞳。酷薄そうな微笑を浮かべている艶やかな唇。肩に垂らした流れるような髪も、すらりと長身な体型も、まさに夢から抜け出たような美青年だった。



「お前は一体何者だ」



 今や美青年に変わった毛虫は、私との距離はそのままに、好奇心むき出しの瞳でじっと見つめてくる。私は奴の姿を隅から隅まで眺めた。この生物は一体何だ? これは私の期待したオカルト的な展開とは大分違う。どちらかというとこの生物はユーマに近いのではないだろうか。


 

 ユーマとオカルトでは、同じ超常現象と呼ばれる分野でも、その意味合いが大分異なってくる。そもそもオカルトとは、目で見たり触れて感じたりすることのできないものを指していて、そのような知識の探求と……



「お前の体からは、芳しい香りがするな。」



 私が思考の海に身を浸している間に、あろうことかこの男は、折りたたむように体を曲げて顔を近づけてきた。そのまま、私の首筋の辺りで大きく深呼吸を繰り返す。



「い・いやぁぁぁぁ」



 私はすぐさま後ずさり、男と距離を取った。いくら人型に変わっていても、その姿が麗しかろうがイケメンだろうが男前だろうが、元はあの毛虫である。近付くことは御免被る。荒い息を吐きながら壁際にへばり付く私を、男は何だか甘ったるい視線で追い駆け満面の笑みを浮かべた。



「お前の体からは、恐怖や憎悪、悪意や自己愛の香りがする。とりわけ、素晴らしい悪意の香りが私をひ惹きつける」



 男はうっとりと陶酔したような表情を浮かべながら、じりじりと私に近付いてくる。いやいや、そんな悩ましい顔したって私は騙されんぞ。



「それ以上、私に近付かないでもらえますか! はっきり言って貴方が怖いんです。気持ち悪いんです」



 私は心底嫌悪しながら男にそう呼びかけるが、毛虫男は聞いちゃいない。涎でも垂らすのでは? と言うほど、物欲しそうな顔をしながら私ににじり寄る。私が左右どちらに逃げても対処出来るように、両手を広げながら一歩一歩確実に近付く。



「少しで良いのだ、お前に触れたい。お前が欲しい。私を助けると思って」



 助けて欲しいのは私の方だ。


 

 男の切ないため息を無視して、私はとにかく男から逃げる。その度に男は悲しそうな顔をするが、私の知った事か!いくらユーマといえども、毛虫だった男に触れられるなど耐えられない。いい加減にして欲しい。この変態野郎。



「はぁ……。良いぞ、お前。なんとしてもお前が欲しくなった」



 男は素早い動きで私の退路を絶つと、壁に手を付いてその腕の中に私を閉じ込めた。高揚した男の美しい顔の気持ちの悪さといったら……。私はそのとき、気を失いそうな程の怖気を感じていた。



 そんな私の事情を知ってか知らずか、男は私の耳元に唇を寄せると、はぁと物憂げなため息を吹きかけた。ひぃ。気持ち悪ぅ!



「お前の体液をが欲しい。お前の悪意と恐怖を直に味わいたいのだ」



 いいだろう? と私の瞳を覗き込む男を前にして、私の嫌悪感はマックスを迎えた。背中がめくれるんじゃなかろうかという程悪寒が走る。この男、変態の上に妙なマニア嗜好があるようだ。



 私はついつい、巨大な毛虫が私に噛み付いてその血液を啜っている様子を思い浮かべてしまい、慌てて頭を振ってそのイメージを振り払った。



 洒落にならない。そんな変死の仕方は絶対に嫌だ。



 男は私の首筋を吟味するように見つめている。頚動脈の下調べか?



「ひゃぁ」



 生暖かな湿った感触を首に受けて、私は腰が震えて力が抜けてしまった。毛虫の癖に舌を這わすんじゃない。



 男は、私の体を待ち構えていたように、サッと両腕で支えると、ベロリと舌で私の額を舐めた。額に浮かぶ私の汗を舐め取ったらしい。私は気持ち悪さのあまり、この男を殴りたくなった。否、もはや触れるのも我慢ならない。何か凶器になるものを探して辺りに目を走らせるが、如何せんここには何もない。



「美味だ。ほどよい恐怖と悪意の味だ」



 もういい加減、この男を黙らせたい。気持ち悪くて仕方がないが、ここは素手でいくしかないだろう。私が腹を括った時、壁の外から人の声が聞こえた。



 何と言っているのかは分らない。それは呟くような細々とした声だが、なぜか良く通る不思議な声だった。



「やめろ、これは私のモノだ!」



 男が血相を変える。強い意志を含んだ目で私を見つめて、離れるものかという程に力強くかき抱いた。圧迫されて一瞬息が詰まったが、私は男の拘束が段々と緩くなってくるのを感じていた。



 男が手を離したのかと思ったが、そうではないようだ。男の姿が段々と薄くなり、私の体は後方に引き寄せらる。何だろうこの感じは。夢から無理やり現実に引き戻されているような、それとも無理やり夢に引きずり込まれているような。とにかく、自分の意思とは関係なく何か未知の力で引き寄せられる感覚。



 気が付くと、私は白い塔の前でペタリと尻餅をついて座っていた。これは一体? まさか夢? 今のは全て白昼夢だったというのか?



「大丈夫でしたか」



 怪訝な顔をしている私に、唐突に明るい声が降ってきた。見上げると、白い髪をした可愛らしい少女がにっこり笑いながら私を見ていた。



 『大丈夫』の意味が分らなくて、私は首を傾げたまま無言だった。こんな所にへたり込んでいる私の頭が大丈夫かと言っているのだろうか。それとも、具合が悪いように見えたのだろうか。



 この少女に、今起こったことを説明したい気もしたが、それをしたらきっと可愛そうな目で見られる事になるだろう。



「えぇ、大丈夫です」



 と、当たり障り無く答えることにした。少女は、良かった。と微笑むとくるりと振り返って後ろに一声かけた。



「大丈夫ですって、先輩」



 後ろからのっそり現れたのは、腰がほぼ直角に曲がった老婆だった。何か、大分先輩が来たな。彼女が『先輩』と呼ばれるには無理があるんじゃないかと思っていると、その先輩はひょこひょことした足取りで私の前まで進んできた。



 ペコリと下げられる頭に、私もつられて頭を下げた。



「先住民の方ですね」



「どういう意味ですか」



 そんな呼ばれ方は初めてだ。だから、かえって興味が湧いてきた。私はこの老婆なら、一連の不可思議な現象の全てを説明してくれるような気がしていた。



「そのままの意味です。さて、どうしたものか」



「面倒だから、記憶消しちゃいましょうよ。先輩」



 少女が恐ろしいことを口にする。可愛らしい顔をして何て事を言うのだこの娘は。先輩の老婆は首を傾けて私を値踏みするように見つめる。ここで目をそらしたら負けというわけか? 私はじっとその瞳を受け止めた。



「お嬢さん。少し私の話に付き合ってもらえませんか」



「勿論です」



 私は一も二も無く頷いた。老婆は満足そうに微笑んで洋館へと私を案内する。私達の後に続く少女だけは、不満げな顔を隠そうともしなかった。そんなに私の記憶を消したいのか。恐ろしい女だ。



 応接室に通され、熱いお茶を前にして老婆の自己紹介から始まった。



「私はルーンと申します。こっちはサラリア。この地で『守人』をやっております」



「もりびと、ですか」



「ええ、私達の役目は塔に封印された彼を外に出さぬように見守る事。そして、彼の機嫌を損ねないように文字通りお守をする事です」



 封印、と言ったか? 一気に話が明後日の方向へ飛んだな。私はちびちびと熱いお茶を口へ運ぶ。



「この地に彼を封印している事は誰にも知られてはいけません。だから、『目くらましの呪文』をかけておりましたが。ふふふ、貴方にはどうやら効かなかったようですね。おまけに、塔にかけた結界も通り抜けてしまって。こんな事は初めてなので、私も些か驚いております」



「あの塔に居る奴は何者ですか」



 ルーンはすぅっと目を細めた。本当に聞く覚悟があるのかと言わんばかりの表情。ここで引いてはオカルト研究会会長の名折れである。私はこくこくと頷いた。



「彼は、異界の魔王です」



 眉根を寄せる私に、ルーンは柔らかく微笑む。全部お話してあげるから待ちなさい。と子供を嗜めるような顔だ。私の混乱を見透かすのは結構だが、頼むから分り易く説明して欲しい。



「そもそも、私達はこの世界の人間ではございません。遥か遠い世界からやって参りました、異世界人とでも申しましょうか。私達の世界には魔王が存在しました。悪逆の限りを尽くし、世界を恐怖に陥れた恐るべき存在です。彼は世界の影。世界の澱のような存在です。長きに渡る戦いの末、人間側が勝利を収めることができましたが、彼を滅する事は出来ませんでした。何故なら、影と光は表裏一体。どちらか一方のみが存在する事はできません」


 ルーンはため息を吐く。



「そこで、私達魔法使いは考えました。魔王を世界の果てに送り込み、時果てるまでそこに封印しようと。守人は、魔王を封印し続ける役目を持って異界へと旅立ちました。そしてこの世界に魔王を封印し、今に至るというわけです」



 ルーンはやり切った顔で、ずずずとお茶を啜り始めた。いやいや、お婆ちゃん。そんなどや顔向けられても困るのだよ。確かにすごい話だった。オカルトマニアな私ですら驚くような展開だ。しかし、どんなに大義名分があろうとも、それって……



「不法投棄じゃん」



 目を逸らし続ける守人達に冷たい視線を送り、私は続ける。



「魔王が外に出てくる可能性はないんですか? 失礼ですが、貴女方が亡くなった場合は? この世界には魔法なんて存在しないんですよ。そうなったら魔王を抑えておくのは不可能ですよね」



「それは、心配要りません。だって、私達『死なずの魔法』を受けていますから」



 サラリアが何でも無い事のように答える。なんですと、あんた等死なないの?



「死にませんよー。それでも、結構ここの生活って苦しいんですよ」



 春風のような口調の彼女が言うと緊迫感ゼロに聞こえるんだが。



「魔王の力は強大です。今は力も弱っていますが、それでも間近に居れば精神汚染は免れません。彼の好物は陰の気です。とりわけ悪意を好みます。実際私達も彼と一緒にここに幽閉されているようなものなので、そういった感情とも無縁ではありません。そうなると、彼に食事を、引いては力を与えてしまう事になるので、自分達にプロテクトをかけているのです」



「結構キツイんですよぅ」



 春風女は黙っていて欲しいものだ。



「目くらましの魔法が私に効かなかったのは何故ですか?塔に張った結界というのも、私はすり抜けたようですが」



 穴があったんじゃないのか? と暗に匂わす私に、ルーンは首を振った。



「貴女が特別なのですよ。貴女は見えないものを見て、結界すら抜ける力があるのでしょう」



 何と。霊感ゼロの私だが、魔法方面には異常な力を発揮できるとは……。異世界のもの限定では、嬉しいんだが嬉しくないんだか。



「先ほど魔王と会った時も、貴女はその力を遺憾なく発揮していましたね。魔王は貴女の陰の気を取り込んだはず。それなのに、魔王の力は少しも増えていない」



「と、言うと」



「貴女の陰の気は美味しいけれどスカスカなんです。そうですねぇ、こちらで言うところの綿飴と一緒です。いくら食べてもお腹一杯にならない」



 なんだそりゃ。人を綿飴呼ばわりとは、不愉快にも程がある。私は席を立ってこのまま帰ろうとした直後、ぐらりと世界が回った。



「すみません。お茶に薬を入れさせてもらいました」



 本当に済まなそうな顔のルーンが段々と傾いてゆく。違う。傾いているのは、私の方か。ゴトリという鈍い音と共に、強い衝撃を感じた。頬を床にぺタリと貼り付けながら、私は悔しさのあまり歯噛みした。



「何の……つもり」



「言ったでしょう、自分にプロテクトをかけていると。四六時中それを続けるのは、とても辛いことなのです。ですが、貴女が魔王の味覚を満たしてくれれば、私達はそれを解くことが出来る。力を与えることの無い、貴女にしか頼めない事なのです」



「こういうのは、頼んでいるとは言わない!」



 無様に地べたに這いつくばった所で迫力に欠けるかもしれないが、私は精一杯彼女達を睨んだ。



「そうですね。じゃあ、交換条件にしましょう。貴女の願いを一つ叶えるかわりに、週一でアルバイトに来てください」



 それじゃ、後で貴女の願いをお聞きしますね。とルーンは実に朗らかに笑うと、指をパチンと鳴らした。それを合図に私の体は一瞬空に浮いたかと思うと、次の瞬間にはあの悪夢の塔の中に戻されていた。



 そんなの……



「詐欺だぁ!」



 私の絶叫を聞きつけて、魔王が早速姿を現した。今度は初めから人型であるが、やっぱり嫌なものは嫌だ。



 私は自由にならぬ身で何とかここから出ようと試みるが、所詮無駄な足掻き。



「会いたかった」



 嬉しそうに顔を綻ばせる魔王。ひぃ。そんな恋人に吐く台詞を言っても、誰も喜ぶものか! 奴の口の端からは涎が垂れている。私の事を餌として認識しているに違いない。



「もう、離しはしないぞ。飢えた私を、どうか充たしておくれ」



 抵抗出来ない私に嬉々として覆いかぶさる魔王。



「お前を食らい尽くしたい」



 吐息が、舌が……。残念ながら、私の絶叫が響き渡る事は無かった。








「先輩、良いんですか?あんな約束して」



「いいんだよ。心を少し読んだが、あの娘の願いなんて大した物じゃない。霊感を授けてくれっていう良く分らない願いだ」



「はぁ。あの娘、幽霊なんか裸足で逃げ出すようなスンゴイ体験してるって自覚無いんですかねぇ」



「この世界は、平和そのもの。ということさ」

最後まで読んで下さってありがとうございます。勇者もドラゴンも出てきませんが、一応ファンタジーのつもりで書きました。

ご意見ご感想、その他諸々ございましたら是非お聞かせ下さい。

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[良い点] 毛虫魔王(笑) オカルト好きの末路にある意味ありがちな展開、しかし毛虫なのが良い意味で裏切っているところ(褒め言葉です) [気になる点] 不法投棄の上、地球をど田舎辺境扱いどころか原住民扱…
[良い点] 続きが読みたくなりました!
2014/10/09 05:25 退会済み
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