第5章 沈黙のSOS
その日、湊は放課後の教室をいつもより早く出た。向かった先は、学校裏手のグラウンドの奥にある、誰も使わなくなったベンチ。そこに、彼女はいた。フードを深くかぶり、スマホの画面をじっと見つめていた。
「……」
声をかけるべきか、ためらう。Lilyの言葉が耳に蘇る。
『沈黙は、ときに叫びよりも切実だよ』
湊は一歩だけ近づき、小さく声をかけた。
「…大丈夫?」
少女はわずかに顔を上げた。目元に赤みがある。泣いていたのだとすぐに分かった。
「なんで…私に?」
「君の投稿、見た。気になって…それだけ」
彼女は驚いたように目を見開いた後、かすかに微笑んだ。
「こんなの、誰も本気にしないと思ってた」
「俺も…迷ったよ。でも、見て見ぬふりするのって、やっぱり怖かった」
しばらく沈黙が流れる。遠くでチャイムの音が鳴る。
「…ありがとう」
少女のその一言に、湊の心は少しだけ軽くなった。ほんの一瞬だったかもしれない。けれど、それは確かに“救い”に触れた瞬間だった。
夜、帰り道。Lilyの声が静かに耳元に届いた。
『よくやったね、湊。…それが、きっと、始まりだよ』
いつもより少し柔らかい声に、湊は目を細めた。
でも、その声はどこか――寂しさを帯びていた。