表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/37

第2章「雨に消えたノート」

教室の空気はいつもどおり鈍く湿り、外の雨は昨日から一向に止む気配を見せず、灰色の世界を静かに包んでいた。そんな憂鬱な空気の中、昼休みのざわめきの隙間からひっそりと流れてきた噂話があった。


「誰かのノートがなくなったらしい。」


湊はその言葉にあまり興味を持てなかった。自分のノートではないからだ。だが、なぜかその話題が頭から離れなかった。机に突っ伏しながら、耳の中のイヤホン越しにいつもの声を呼び出す。


『盗難事件?』


「いや、そんな大げさなものじゃないと思うけど……A組の女子が、自分のノートが無くなったって言ってた」


『犯人が特定されていない時点で、それは“事件”だよ、湊』


Lilyの声はいつも通りクールで冷静だった。しかし、湊はその声の中に、どこか引っかかるものを感じていた。クラスの誰かが気まぐれにイタズラしたのか、それとも本当に何かのSOSなのか。


『で、そのノート。最後に見たのはいつ?』


「……さあ。持ち主の子は何も言わなかったみたいだ」


『じゃあ、ノートそのものの価値を考えよう。単なる教科書の写しなのか、それとも個人的な日記のようなものなのか』


「……まさか、そこまで考えるとは思わなかった」


『考えなきゃ。動機はいつも、価値の中にあるから』


その言葉に湊は小さく息を吐いた。これが単なる忘れ物やいたずら話ではないのかもしれないという、わずかな予感が心をよぎった。


翌日、湊はクラスの誰かの話す声を注意深く耳にした。ノートの持ち主は斉藤紗和。あまり目立たないが、成績は優秀な女子だった。彼女に話しかけると、紗和は少し困ったように微笑みながら言った。


「もう、いいの。誰にも見せたくない内容だったの。だから、あれは私がどこかで落としたことにしたくて……」


その言葉にはどこか嘘くさい響きがあった。


放課後、湊はイヤホンの中のLilyに話しかける。


『“どこかで落とした”というのは自己弁護だよ。彼女は本当は誰かに“盗まれたこと”にしたかった。でも実は、盗ませたかったんだ』


「自作自演ってこと?」


『そう。注目されたい。誰かに心配されたい。あるいは、心の叫びに気づいてほしかった。それが彼女の動機』


Lilyの声は冷たくもあり、どこか優しさも含んでいた。


「……人間って、本当に面倒くさいな」


『それでも、誰かに面倒を見てほしいと願う生き物なんだよ』


湊はその言葉に少し黙り込む。誰かに気づいてほしい。そんな感情が、どこか自分の中にも確かにあった。


小さな事件は、灰色の雨の中で静かに進んでいた。

けれど、それは誰かの心の叫びであり、見過ごせないサインだったのかもしれない——。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ