【第八話】布かれる政の礎
191年初秋
秋風が、潁川の原を吹き渡るころ、許昌の城下では新たなる政の胎動が始まっていた。
孫堅は政庁の広間に朱儁、荀攸、陳羣らを招き、大なる会議を開いていた。
「潁川は我らの根であり、汝南は枝である。国を為すには、根を張り、枝を伸ばさねばならぬ」
孫堅の言葉に、朱儁が静かに頷いた。
「それには人を得ねばならぬ。善政の土台には、文の才と信の力が要る」
その言葉に続くように、荀攸が口を開いた。
「潁川には我が士族の力を以て、郡政の安定を図りましょう。軍政と法制を共に整え、兵農を分かち、兵を職とする体制を敷くべきかと」
陳羣もまた冷静な眼差しを浮かべ、書状を一枚差し出した。
「軍律の草案です。規律なき軍に忠は育ちません。賞罰明快を旨とし、士卒に範を示すべきです」
孫堅は書状をしばし見つめ、深く頷いた。
「善い。諸君らにその道を託す。我は剣をもって道を開く」
この日より、潁川郡には荀攸・陳羣・朱儁による幕府制度が根づき始めた。
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汝南郡では、かつて黄巾が割拠した土地の再建が急務であった。太守には潁川名士・袁奐が任じられ、郡司馬には黄蓋が据えられた。
「この地を鎮めるは、ただ武を振るうにあらず。民を治め、地を養うことが先ぞ」
黄蓋の言葉に、袁奐が深く頭を下げた。
「儒の道と武の道、共にここにあれば、乱世でも民は生きよう」
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陳到、李通ら実務に通じた武人たちが汝南兵や州兵の連携について検討し、魏延・呂蒙らは新たに編成された郷兵の訓練に当たった。
「義のために戦うはよい。しかし、戦は理と秩序のもとでこそ勝てる」
朱儁の言葉が若き呂蒙の胸に深く刻まれた。
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一方、趙儼は兵站制度の改革に取り組んでいた。各地の穀倉を巡り、運搬と補給の制度を整理する。走部と呼ばれる運搬兵が新設され、潁川・汝南両地において軍用路が整備された。
「戦は刀だけで勝つにあらず。兵糧こそが軍の血脈だ」
趙儼は夜を徹して帳面とにらみ合い、供給路の要点を洗い出した。軍糧の保管と配分を担う倉曹、移送の責任を担う輸送曹、その指揮系統に連なる文官を育てることこそが今後の戦を支えると確信していた。
「我が道は、剣よりも速く、盾よりも堅く。糧秣の一粒が万の命を救う」
その姿を見た荀攸がふと微笑し、朱儁に呟いた。
「趙儼こそ、軍の心臓をつかさどる者。やがて彼がいてこそ、この国が戦い抜ける」
朱儁も頷き、遠くを見つめた。
「この地に人の礎が積まれつつある。民に根を張る政こそ、乱世を越える剣となろう」
許昌に集った名士、武将達は、それぞれの職務へと邁進する。彼らがそれぞれの地で根を張ることで、ひとつの政が、確かな形を成し始めていた。
時代は動く。
だが、陽光の下に芽吹いた志の根には、いまだ知らぬ影が忍び寄っていた。