【第八十八話】文醜南下
200年初夏 幽州遼東郡・襄平
初夏ではあったが北方の地、襄平の城塞を早朝の冷たい風が叩いていた。
その朝の静寂を破るように、一人の使者が公孫康のもとに現れた。
使者は青州より来たと名乗り、袁紹の印璽を示した。
「袁紹公の麾下、郭図将軍よりの書状にございます。南方、青・徐の戦線において、文醜を先鋒とする徐州南部を撹乱する策の助力を請うとのことです」
公孫康は眉を動かした。
「海を越えさせるか……青州の策士め、わしらの船を頼るとは。だが、利はあるな。南海の交易を握るには、徐州南部の広陵を押さえるために恩を売るが早い」
その傍ら、沈着な顔の若将が一歩前に出た。
「兄上、艦隊の指揮はこの公孫恭にお任せください。袁紹の金で船を動かすにしても、我らの手綱は離さぬ方がよいでしょう」
公孫康は頷き、海図を広げる。
「よかろう。文醜は青州北海国南方の壮武にてお前の船団と合流する。遼東の誇りを見せてやれ」
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遼東への使者から返書を受け取り、郭図は会心の笑みを浮かべた。
袁譚と顔良が青州戦線で劉備を牽制している間に、南の徐州を別働隊で荒らす――それが彼の描いた策であった。
「急ぎ文醜を海路より南下させ、陸と海より劉備を挟撃するのだ」
文醜は壮武の港にて、公孫恭の率いる船団と合流した。
百余隻の船が海を渡り、徐州南部・広陵郡へと向かう。
帆が風をはらみ、波が船腹を叩く。
文醜は船首に立ち、南の空を睨みつけていた。
「郭図殿の策、見事なるや。徐州の背を討てば、劉備、孫堅の腰を折れる。戦場が待ち遠しいものだ」
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その頃、広陵郡の海岸線沿いにある塩瀆県では、袁術残党の将・橋蕤、李豊、楽就、梁剛らが郭図からの書状を受け集っていた。
書状には「袁紹、河北の雄として汝らと共に戦う」と記されていた。
流浪に疲れた面々は顔を見合わせ、次々と頷いた。
「袁家が我らを見捨てぬとは……。広陵より再起せん!」
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さらにもう一通の書状は揚州の許貢のもとに届いていた。かつて呉郡太守の座を力で手に入れていたが、関羽により追放されていた人物である。
許貢は深く息を吐き、
「郭図殿からの書状では物資面での支援の依頼であったな」
と呟きつつ、兵糧の確保を行い、塩瀆県に向かった。
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文醜は広陵郡塩瀆県に上陸し、袁術残党を吸収、瞬く間に二万の軍を編成し一挙に徐州南東部を蹂躙した。
火の手が城から城へと上がり、徐州南境の村々は焦土と化した。
その報が下邳の陳登、荀彧、諸葛亮の元に届いた。
三人は協議した結果、急ぎ成廉・楽進に防衛を命じた。
「兵は一万にも満たぬが、急ぎ広陵に向かってくれ。ここを突破されれば、徐と揚が分断される」
「荀彧殿、陳登殿、私も彼らと共に参ります。」
成廉と楽進、諸葛亮は五千の兵を率いて出陣。
三人の出陣と時を同じくして荀彧は救援要請の使者を発した。
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成廉・楽進・諸葛亮の率いる五千の兵は強行軍の末、文醜到着前に広陵城へと辿り着き、城門を閉ざして籠城する。
だが、文醜の軍勢は時をおかずして城を包囲し、幾重にも陣を構えた。
夜、城壁の上から燃える篝火を見つめ、楽進は静かに呟いた。
「……この炎、まるで袁術の亡霊の炎だな」
成廉は槍を握り締めうなづく。
「だが、俺たちがいる限りここは落とさせぬ。亡霊どもに、徐州の意地を見せてやろう」
火の粉が夜風に舞い、広陵の空は血のように赤く染まっていた。




