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【第八十七話】青徐開戦

200年晩春 青州北海国


春の霞が青州平野を包んでいた。

その霞の向こうに数万の影が動いていた。


袁紹の長子・袁譚を戴き、率いるは都督・郭図。

二人は四万の兵を率い、南へ――徐州国境へと進軍していた。


陣頭をゆくは猛将・顔良。

鎧の上に翻る緋の披風(ひふ)が、春霞(はるがすみ)の中で血のように燃えるていた。



---


「父上よりの命は徐州の劉備を討ち、孫堅の背を断つこと――。父の後継となるためには、ただ命に従うではなく、正面から正々堂々と叩き潰す!」

若き袁譚がそう言い放つと、郭図は扇を軽く閉じた。

「正面から、ですか……。確かに武名を高めるには見事な戦い方でしょう。しかし、それは匹夫の勇というものでございます。また、劉備という男――ただの義侠の徒ではございませぬ」


「むぅ…、だが劉備など虚飾の義を語り、民の心を掴もうとする佞臣(ねいしん)ではないか!」


郭図は笑みを浮かべ、静かに首を振る。

「だからこそ厄介なのです。義を旗に掲げ、正を以て偽を討つと(かた)る者を、民どもは支持するものです。このような(やから)に対して正面から相手をするは、君子のすることではありません。策を用いて蹴散らしましょう」


そう言って、郭図は筆を走らせる。

書簡を北へ一通、南へ二通――。


「袁家の威光に服せぬ者などおりませぬ。天下に散らばる星々を導くことこそ君子のすることにございます」

郭図の目は戦場を俯瞰で見つめていた。



---


徐州琅邪国・東武


袁紹軍南下の報を最前線で聞いたのは、張飛だった。

「兄者ァ!袁家の倅どもが四万で押し寄せてくるとよ!」


「落ち着け、張飛」

劉備は冷静に頷き、陣幕の前に立つ。


背後には太史慈、高順、朱桓、侯成、魏越――

各地から糾合された猛将たちが勢揃いしていた。


「敵は公孫瓉殿の白馬義従に勝利したくらいだ。たいした強さだろうよ。だがな、俺らも数多の戦に勝利し今があるんだ。それに徐州は俺達の庭だ。地の利を以て、奴らを叩くぞ!」


太史慈が進み出て言う。

「我が軍の左翼を担いましょう。河沿いの湿地を活かし、敵の騎兵を封じます」


高順が続く。

「右翼は我が『陷陣営』にお任せを。敵将顔良などこの手で討ち取ってご覧に入れます」


朱桓が緊張した面持ちで槍をしごく。

「中央は我らで守ります。侯成殿、魏越殿と共に!」


劉備は満足げに頷いた。

「下邳は荀彧と陳登、諸葛亮に任せたし、楽進と成廉もつけてある。後顧の憂いはないな」


張飛が叫ぶ。

「よっしゃ、兄者!先陣は俺に任せてくれ!青州の連中にこの俺様の蛇矛をとくと味わわせてやる!」


劉備の側に控えていた魯粛は苦笑しながら釘を刺す。

「張飛殿、その意気やよしですが、決して深追いはしないでください」


「わかってるさ!……たぶんな!」


二人のやり取りを見ていた諸将の笑い声が蒼天に響いた。

大戦を控えた緊張の中にも劉備陣営にはある種の余裕が感じられた。



---


数日後――

濃霧の中で、顔良の軍勢が進軍してきた。

旗が翻り、槍の穂先が虹色の陽光を跳ね返す。


「袁家の威を知らしめよ!突撃!」

怒号とともに、袁紹軍の幽州突騎が一斉に駆けた。


対するは張飛率いる長矛部隊。

「来やがれ!この張飛様が受けて立ってやる!」


槍と矛がぶつかり、火花が散る。

地鳴りのような衝撃音が平野に響き渡った。


長矛部隊は幽州突騎の勢いをいなしきれず、一部、隊列を崩された。


中軍の朱桓、侯成、魏越が前面に立ち、顔良の突撃の阻止を試みる。

しかし、顔良の武力、幽州突騎の勢いは凄まじく、その駆けぬけるところ草も木も朱に伏し、立ちはだかった侯成を一刀両断に切り伏せた。


中軍の混乱を見た両翼の太史慈・高順の援軍が間に合い、顔良の勢いを削ぐことに辛うじて成功した。


「ふん、やるな……さすがは劉備軍!」

顔良は唇を噛み、槍を高く掲げる。

「だが、俺がいる限り勝者は我ら袁紹軍だ!」


戦場は一進一退。

袁紹軍の雄叫びと、劉備軍の怒号が交錯する。


その喧騒の中で郭図は本陣に留まり、静かに書簡の返答を待っていた。

南北から計三通の(しらせ)が彼の元へ届く。


中を見て、郭図はその顔に暗い笑みを浮かべた。

「――戦はまだ始まったばかり。だが、勝つのは剛腕ではなく、読みを制する者だ」


郭図の哄笑は戦の喧騒に消えたが、その策謀は戦場の裏で確かに(うごめ)いていた。

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