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【第七十九話】河北と中原

<第九章>至強との戦い


時を遡り199年晩春 冀州河間国・易県


難攻不落の城と思われていた易京。

その空を焦がす炎は、ついに公孫瓉の命脈を焼き尽くした。

河北にあって袁紹に抗い続けた白馬将軍は馬上ではなく籠城の後に敗死するのだった。


しかし、その戦火を生き延びた者もわずかにあった。

若き将、田豫は従者数名と共に夜陰に紛れて落ち延びることができた。

「今はただ野に隠れ、時を待つのみか……。だが、乱世は終わらぬ。我が主の志をこの私が繋いでみせる」

彼は草莽の中に姿を消し、己が才を再び世に問う日を期した。


そのころ、常山郡に身を寄せていた趙雲は、易京陥落の報を聞いた。

「公孫瓉殿……」

彼は深く地にひれ伏し、旧主・公孫瓉の死を悼む。

しかしその胸中には、すでに別の決意が芽生えていた。

「乱世に仁と義の旗を掲げる劉備玄徳殿……」

かつて邂逅(かいこう)した(おとこ)は今や徐州と揚州を擁する時の人となっていた。


「我が天命を預けてみるか」

趙雲は愛馬のたてがみを撫で、一路、徐州へと進路を定めた。



---


時は戻り199年晩秋


許昌に戻った孫堅は、兗州戦役を終えた軍の再編を六営の緒将に命じた。


「戦の疲弊を癒すこと、そして次の嵐に備えること、いずれも怠ってはならぬ」

孫堅は荀攸・陳羣らに命じ、租税と兵役の均衡を取り、兵農の調和を図らせた。


許昌が一段落するとすぐさま、洛陽と長安の巡察を行った。


道中、人の往来は増えており、鍾繇、司馬朗の治世の安定と趙儼、朱治による治安の向上を実感するのだった。

弘農で段煨に面会し、共に長安まで同道することとした。


長安到着後、超儼、朱治、段煨と長安防衛についての軍義を開くこととした。


よく整理された執務用の机の上に長安近郊の地図を広げ、超儼より現状報告がなされた。

「李傕、郭汜の残党制圧は完了しました。長安は荒れてはおりますが徐々に秩序を取り戻しつつあります」


孫堅は窓から見える、復興に向けて活気のある町並みを眺めながら微笑む。

「超儼、朱治。許昌からここまでの道程は人の往来も多く、その顔も明るいものであった。二人の働きによるものだ。また、段煨殿の弘農での治世が安定していることの表れでもある。心から礼を言う」

三人は拱手で答えた。


「さて、これよりの西方の守りについて如何に考える?」


超儼は地図上の長安から涼州を指した。

「この地の復興と関中勢力との調和を目的とするならば、治世の才及び関中緒将との関係性も考慮し、段煨殿を中心とした体制が要らぬ混乱を招きにくいと愚考します」


「わしも超儼の策に賛成だ」

朱治も賛意を示す。


「段煨殿、どうであろう?」


段煨は思わぬ大役に身をただして答えた。

「過分な御配慮を頂き、感謝の念に堪えません。粉骨砕身、漢のために尽くす所存です。つきましては、内政と軍務を補佐してくれる人材を頂けますと幸いです」


孫堅は段煨の言に満足そうな表情で頷いた。

「承知した。孫河は貴殿の副官として、長安に残留とする。加えて洛陽の鍾繇と相談して人を配することとしよう」



---


長安の人事を終え、超儼と朱治を伴い許昌への帰還の途中、洛陽の政庁に着いたのは冬の始まりの時期だった。


政庁内は年末の税の出納もあり多忙を極めていた。

執務室を開けると、帳面に向かい筆を走らせる鍾繇が座していた。


「鍾繇、多忙の中に邪魔をして悪いがよいか?」


「殿、それに超儼殿、朱治殿も。お久しゅうございますな。此度の戦勝の祝いの言葉が遅れましたこと御容赦下さい。して、どのようなご用向きでしょうか?」

鍾繇は筆をおき、孫堅に上座を勧めた。


「洛陽の復興を含め、司隸の治世滞りなく進んでいること礼を言う。人手が足りない中に悪いが、長安に政務と軍務の出来る者を送りたいと思うのだが出来るか?」


鍾繇は用意させた茶を一服し、苦笑いを浮かべた。

「殿は中々に無理難題をおっしゃる。とはいえ、長安の復興は私の責務でもあり、殿にまで心配をかけ申し訳ないことです。では司馬朗を呼び人選に入ります」


目尻に悪戯(いたずら)の色を浮かべ、孫堅は鍾繇の肩を軽く叩いた。

「世話をかける。面倒ついでに兗州の程普の元にも人をやりたい。そちらも頼む」


鍾繇は飲んでいた茶を吹き出し、それを見た三人は大笑いするのだった。



---


鍾繇はすぐさま司馬朗を呼び、孫堅からの命について相談した。

検討した結果、洛陽の復興を司馬朗がこのまま担当し、長安へは鍾繇が向かうこととなった。

合わせて次弟司馬懿を兗州に、三弟司馬孚を長安に随行させることを提案した。


孫堅は司馬八達と名高き二人の出仕を喜びその提案を受け入れた。


鍾繇はさらに軍務の担当として孟達、政務の補佐として賈逵も同行させることとした。


滞りなくすすむ人事に孫堅は満足げに微笑むのだった。

その姿は、戦場の猛将ではなく、漢の柱石としての治者の風格を帯びていた。

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