【第七話】集う志士たち
春の雨が上がり、許昌の空に柔らかな陽光が戻った頃。
孫堅は一つの命を下した。
「予州に告ぐ。忠義に殉ぜんと志ある者よ、我がもとへ集え」
洛陽での陵墓修復、黄巾残党の平定を経て、孫堅はこの許昌を根拠とする覚悟を定めていた。だが、荒れた地を治め、民を安んじ、国を為すには、力ある者たちの力が要る。
「朱儁将軍、荀攸、陳羣。予州に掲げた布令は、汝らの名で添えてよい。これまでの信があれば、人は必ず応じよう」
朱儁は深く頷き、手ずから筆を執った。
「文は正道に通ずる。正しき言葉は、遠くまで届く。今こそ、世に正義があると知らしめる時ですな」
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――数旬の後、許昌の門前に集う者多し
北方より袁奐、梁習が至る。いずれも潁川の若き俊英にして、士人の誉れ高き人物であった。
陳羣がまず応接に立ち、潁川の縁をもって孫堅に引き合わせる。
「将軍、袁奐・梁習両名は共に廉潔にして剛毅、政の柱ともなるべき人物です」
孫堅は礼を正し、やや穏やかに頭を下げた。
「予州の地を共に治めることができれば、我が幸いにてございます。末永く、共にこの地を支えていただきたく存じます」
梁習は沈着に頷き、袁奐は快活に言った。
「末席を汚す覚悟はできております。漢室を輔けんと志を抱いた日より、こうした日を待ち望んでおりました」
また、杜襲は朱儁の紹介で現れた。
清廉なる志士。沈思黙考の賢人にして、民政に通暁していた。
「将軍、杜襲殿は義を重んじ、己の利を求めぬ人物。政においては、殿の右腕となりましょう」
孫堅は杜襲に向き合い、あえて厳めしい語を抑え、深く頭を垂れた。
「この国に、忠と誠の力が要るのです。杜襲殿の志が、我らの灯となることを願っております」
杜襲は静かに手を合わせた。
「将軍のお志、しかと受け止めました。政とは、弱き者の盾でなければならぬ。共に歩ませていただきます」
そして劉馥。中原を離れ、各地を遊歴していたその知識人も、陳羣の文を読み許昌を訪れていた。
「人を見、時を読める者が、政を治む。劉馥殿には、農政と倉稲を託す」
「お任せあれば、民に飢えなき世を作って見せましょう」
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――戦を担う剛の者たちも、また来たり
辺境の将・李通は、かつて漢陽で反乱兵を鎮圧し、汝南平定にも一役買っていた武人であった。
程普が歓声をあげる。
「李通殿! 噂には聞いていたが……これで我らも厚みが増したわ!」
また、一人の若者――魏延。豪胆な眼光と、不器用だが率直な言葉を持つ者が、雑兵の中から名を挙げてきた。
黄蓋がその才を見抜き、孫堅に引き合わせた。
「この者、将来の柱と化すかと。叩き上げゆえに、人の心も知っておりましょう」
孫堅は無言で魏延を見つめ、しばし沈黙した後、静かにうなずいた。
「魏延、我が軍に来い。名はまだ知られずとも、志があるならば、いずれ誰よりも高く登れよう」
また、呉郡からは若者が二人――孫策と呂蒙。
孫堅の子、孫策は既に兵を扱い、器量も才もあった。呂蒙は孫策の引きで随行したが、文を苦手としつつも兵法に才があった。
「呂蒙、お前は学ぶべき者と出会えば、必ず化ける。心して励め」
「はっ、将軍!」
さらに、周瑜。孫策と幼き頃よりの学友であり、礼儀に通じ、音律と兵略に才あり。
孫堅は彼を見て、柔らかく笑んだ。
「周瑜殿、よく来てくれた。お主の才は余人に任せられぬ。荀攸殿のもとで、まずは学びを深めてくれ」
荀攸も静かに頷く。
「御意。周瑜殿は、戦を知る器。五年、いや三年あれば、将の器に至りましょう」
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――孫堅、壇上に立ちて人々に告ぐ
百余名の将卒、士人、文吏が集まった会同の場において、孫堅は堂々と立ち、声を放った。
「天が乱れ、地が割れ、世が滅びんとしている。されど、ここに義を信じ、民を想い、漢を想う者たちが集まった」
「名ある者も、名なき者も、これより我が同志である。共に汗を流し、血を流し、この地に秩序と、明日を取り戻そう!」
その声に、士たちは応じ、地に響くような声で「おおっ!」と呼応した。
この日、孫堅陣営は真の意味で「一つの政体」として形を成し始めた。
そして、その背には、静かに微笑む朱儁の姿があった。
――この若者のもとに、漢の未来があるのかもしれぬ。
老将の胸に、小さな灯がともる。