【第七十七話】再び漢のために
一部訂正をしました。
程普の副将を呂蒙から潘璋に変更しました。
投稿後の訂正となり申し訳ありません。
199年晩夏 僕陽
僕陽に司空・孫堅の旗がはためき、兗州平定後の人事が相次いで決せられていった。
まず州牧には程普が任じられた。
知勇兼備の歴戦の将であるが、予州では郡太守を立派に勤めており、重責を負うに足る実績を踏んでいた。
その補佐には、程昱をはじめ、兗州の名士・毛玠、さらに予州から袁奐を招聘することとした。
彼らが内政の柱となり、新たな兗州の政を担うこととなる。
軍事部門は潘璋と降将・于禁が副将として抜擢された。
于禁の起用については異論もあったが、兗州を守ることへの熱意を買われた結果であった。
また、程咨も父のもとで更なる働きを期待された。
兵力については、青州兵二万のうち一万を兗州常備軍とし、残る一万は孫堅の直轄とした。
こうして兗州は新たな秩序を得て、安定の道を歩み始めたのである。
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しかし、その陰に、一人心を閉ざした漢がいた。
荀彧である。
荀彧は降伏後、自室に籠り、孫堅から幾度となく寄せられる出仕の誘いを固辞し続けていた。
甥の荀攸の面目を慮り、また己がかつて漢に刃を向けた罪を思えば、とても朝廷に仕えることはできぬ、と。
この話を耳にした劉備は、孫堅にことわりをいれた後に、すぐに荀彧のもとを訪ねた。
一度目、静かに辞去される。
二度目、なおも首を振られる。
そして三度目、ついに劉備は荀彧の部屋に足を踏み入れた。
「……劉備殿か」
床に端座したまま、荀彧は視線を落とした。
劉備は真正面に腰を下ろし、にこやかに言った。
「荀彧殿。あんたの才はこのまま眠らせておくには惜しい。まだまだこの国にはあんたの才が必要なんだ」
荀彧は顔を伏せたまま首をふる。
「私はかつての主君を裏切った者にございます。また、献帝に刃を向け、漢を危うくした罪人。甥の荀攸に顔向けもできぬ。もはや朝廷に仕えることはできませぬ」
劉備は一瞬黙り、やがて笑みを深めた。
「なら――俺のところに来るのは問題ないな」
荀彧は思わず顔を上げた。
「……貴殿のもとに?」
「そうだ」
劉備は力強く言い切った。
「俺は劉姓で漢の宗親だが、朝廷を仕切ってるのは司空殿だ。俺に仕えても朝廷に仕えることにはならんし、甥にも迷惑はかからんわな」
不思議そうに見る荀彧に対して劉備は続ける。
「なにより、あんたはまだ漢のために働きたいと思っている。その思いがあるからこそ、苦悩してるんじゃないか?俺に仕えれば、あんたの本音と建前、両方とも叶えられるぜ!」
荀彧はなおも口を開こうとしたが、劉備は遮った。
「綺麗事だけではあんたの心に響かんな。うちには知謀の士なら他にもいる。だが、中央に通じる太い縁を欠いている。荀彧殿、どの陣営よりも、俺はあんたを必要としているんだ」
その瞳には虚飾はなく、ただまっすぐに人を射抜く、素朴でありながら抗しがたい力を宿していた。
荀彧は胸中に熱いものが込み上げてくるのを感じた。
(この男は不思議だ。礼は欠くが人を惹きつける魅力、そして人を信じさせる力がある)
やがて荀彧は深く息を吐いた。
「……わかりました。貴殿のおっしゃる通り、漢のために働くことこそが我が望み。再び漢のために、この命をお預けいたしましょう」
劉備は立ち上がり、その顔に会心の笑めを浮かべ
、手を差し伸べた。
「ありがたい。よろしく頼む」
荀彧はその手を握り返し、長く閉ざしていた心の扉を開いた。
こうして荀彧は劉備の幕下に入り、後世「王佐の才」と称される道を再び歩み出したのであった。
--第八章、ここに終幕




