【第七十六話】兗州平定
199年仲夏
定陶の激戦で曹操を退けたのち、兗州の地は急速に変貌を遂げつつあった。
曹操は定陶の曹洪を伴い、陳留の夏侯惇と共に退却し、その旗は中原の彼方へと去った。
勝利を収めた孫堅は、漢朝の司空としての威令を掲げ、程昱と共に僕陽へ入る。
そこは曹操が根拠地とした要地であり、兗州経営の中枢とするにふさわしい城であった。
程昱はあらかじめ文書をしたためており、速やかにこれを持たせた使者を四方の郡県へと遣わした。
各郡は使者より程昱からの書状を受け取ると孫堅に服すこととなった。
しかし、戦後処理の最大の難題は青州兵の残兵三万とその家族であった。
彼らは宗教的熱情を曹操に保障され、曹操麾下に集った人々であり、主を失い、行く末を定めかねていた。
孫堅は壇上に立ち、青州兵とその家族達に語りかけた。
「おまえ達の信じるものについて俺はこれを咎めぬ。ただし二つの掟を必ず守れ。ひとつは、その信仰を他人に強いてはならぬこと。ひとつは、徒党を組み乱を起こしてはならぬこと。この二つを違えぬ限り、これまでと変わらず暮らすがよい」
人々はざわめき、互いに顔を見合わせた。
孫堅はさらに続ける。
「それでもなお曹操への忠義を忘れられぬ者は妨げぬ。望むなら曹操のもとへ行け。その道中の糧も有償ではあるが用立てよう」
敗軍に対してこれほど寛大な処遇は、誰も予想していなかった。
やがて一万の兵とその家族は曹操のもとへと去り、残る二万の兵は孫堅の徳に感服してその膝を折り、忠義を誓った。
これを見届けた荀攸と程昱は顔を曇らせた。
「この費え、いかほどか……」
と荀攸がつぶやき、程昱も眉根を寄せる。
だがやがて両名は静かに頷いた。
費用の重さを上回る利がある――青州兵を懐柔し、不穏分子を領外へ自発的に移動させ、さらに司空孫堅の威徳を広める。
一石三鳥の政策であった。
---
兗州統治に励む孫堅の元に、泰山郡を経て一人の賓客が僕陽に到着した。
徐州牧・劉備玄徳である。
長旅の疲れをおして参じた劉備は、まず深々と頭を垂れた。
「こたび曹操を退け得たのは、司空殿が糧道を断ってくだされたからこそ。まこと司空殿のご尽力の賜物にございます」
孫堅は席を立ち劉備の手を取った。
「いや、劉備殿。曹操を討たんと力を尽くしたは、俺もあなたも同じこと。互いの働きがあってこそ、この勝利は得られたのだ」
劉備は顔を上げ豪快に笑った。
「まさにお互い様、というやつだな」
孫堅も大きく笑い声をあげた。
二人の笑いが広間に響き、周囲の将士たちも思わず顔を綻ばせた。
こうして曹操の勢力は退き、兗州は平定された。
大戦の結果として青州兵は新たな忠を誓い、そして孫堅と劉備との交わりは、固き友誼として結ばれたのであった。




