【第七十四話】炎の勝鬨
定陶の野に孫堅軍の勝鬨がこだました。
宵闇の中、城の北側に陣を敷いた孫堅は、篝火を囲む将兵に向かい声を放つ。
「皆の奮戦、まこと見事であった!我らは曹操軍四万の大軍を退けたのだ!」
陳到と敢死隊は救援戦で多くの血を流し、李通と劉豹の軍は一時殲滅の危機にあったが切り抜けた。
魏延の重騎兵と張遼の并州騎兵は追撃戦で敵を蹴散らし手柄を挙げた。
なかでも甘寧と蔣欽の武勇はひときわ光った。
典韋を討ち取り曹操軍を瓦解させたその働きを、孫堅は手放しで賞賛した。
「甘寧、蔣欽。そなた達の功、万世に残るであろう。諸将も胸を張れ!」
将兵たちの歓声は夜空を揺らし、篝火の炎は勝利の熱を映した。
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一方、曹操は定陶城へ退却していた。
敗走の途上で一万の兵が死傷、あるいは散逸し、手元に残るは三万にまで減っていた。
「兵糧の残りはどうか」
曹操が問うと曹洪が沈痛な顔で答える。
「兄上、孫堅が陳留を残して進軍してきたため、我らの予想より速くこの城は包囲されました。ゆえに、十分な兵糧は運び込めておりませぬ。この城にある分では……三万を養えば十日と持ちませぬ」
曹操の眉間に深い皺が刻まれる。
「……荀彧と程昱に急ぎ使いを走らせよ。兵糧と援兵を手配させるのだ」
こうして使者は夜陰に紛れて兗州僕陽へ向かった。
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程昱の館にたどり着いた使者は、曹操の命を伝えた。
程昱は即座に立ち上がる。
「早馬を手配せねばならぬ。すぐに各郡に兵糧の輸送を――」
だがその隣で、荀彧は黙したまま顔を伏せていた。
程昱が呼びかけても動かず、唇を固く結んだまま、ただ深い沈黙を保つのみ。
定陶の敗報と曹操の窮状を前に、荀彧の胸中には言葉にできぬ思いが渦巻いていた。




