【第七十二話】遼来来
199年初夏 定陶
定陶の荒野を震わせる砂煙。
その中から現れたのは、鋭き眼光を放つ張遼とその麾下に連なる千余の騎兵であった。
「我が騎に並ぶ者なし!敵の喉笛を突き破れ!」
張遼の一声に、并州で鍛えし騎馬軍団は雷鳴のごとく曹操軍の右翼へ襲いかかった。
突如として襲い来る疾風のごとき騎馬の奔流は曹操軍の側面を抉った。
「くっ、……何という猛威か!」
楽進は兵を密集させ槍襖で迎え撃とうとするが、張遼の突撃は矢のように速く、鋭く、瞬く間に敵兵を蹴散らしていく。
その勇姿に孫堅軍は歓声を挙げ、士気を大きく盛り返した。
楽進と対峙していた甘寧は旗を振りかざし、兵を鼓舞する。
「鈴の甘寧様、ここにあり!首を洗って待っていろ!」
甘寧は態勢を崩した楽進に猛然と突入した。
彼の指揮は波の如く進退を繰り返しながら、敵陣を翻弄する。
やがて甘寧は楽進の陣を突き崩し、討ち取った敵兵の首を高々と掲げた。
「ははは!このまま中央の軍に突っ込むぞ!」
その豪胆さに曹操軍は一瞬怯み、戦列に乱れが生じた。
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さらに戦場南方より、援軍の依頼を受けていた予州は魯国太守・程普が五千の軍を率いて到着した。
「殿をお助けするのだ!曹軍を撃ち払え!」
程普の軍は定陶南門の前を曹洪の守備兵を牽制しつつ通過、戦場の背後を突こうと動いた。
この挟撃の動きに曹操は馬上から険しい眼差しを放つ。
「……このままではまずい。勢いを失えば強行軍の疲れが……」
中央では曹仁の指揮のもと許褚がなお奮戦し、鉄棒を振るって孫堅軍を薙ぎ払うが、張遼と甘寧が側面を破り、程普が後方を狙う。
四万の兵力を誇る曹操軍も、さすがに疲労の色濃く、勢いを失い始めていた。
「兵力では勝っている……だが、孫堅軍はあまりに勢いが強い」
曹操は歯噛みしつつ、なお冷静さを失わずに戦場を見つめる。
「郭嘉よ、打開策はあるか?」
「はい――未だ策は尽きておりませぬ」
郭嘉の眼は妖しく光り、次の奇計を練り始めていた。




