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【第六十二話】明と暗

199年新春 許昌


許昌は、かつてない熱気に包まれていた。

趙儼・馬騰が、長安より凱旋したのである。


郭汜は討たれ、旧都は漢の手に帰した。

数年に及ぶ動乱の末、漢室はふたたび二京を掌握し、洛陽と長安をその旗のもとに置いたのだった。


宮城に集まった群臣の顔は輝き、献帝は玉座の上に立ち、感極まった様子で声を張り上げた。

「卿らの功、実に大なり。漢朝をここまで導きしは天命に集いしそなた達だ!」


趙儼はただ静かに膝を折り、馬騰は慣れぬ都の空気に顔を引き締めつつ拱手した。


やがて勅が下され、論功行賞の席が開かれた。


まず、軍事行動の総帥として全軍を指揮し、長安を取り戻す大功を挙げた孫堅には、張喜の引退と共に司空の位が与えられた。

漢室三公の一角であり、その権威は天に届かんばかりであった。


続いて、涼州より馳せ参じ、三軍の鋭鋒として奮戦した馬騰には、九卿の一つ衛尉の位が授けられた。さらに衛尉府のもとに涼州騎兵を基盤とした近衛騎兵を編成することが定められた。

辺境の雄が漢の都の守護者として立つこととなった。


また、若き知将趙儼には征西将軍の号が与えられ、長安および関中における軍事統括を任された。許昌の朝廷と長安の軍政を結ぶ要として、彼に期待が寄せられたのである。


この人事の背後には、複雑な思惑が交錯していた。


朝臣筆頭・司徒楊彪は、劉備と同様に孫堅以外の軍閥を朝廷に取り込むことで、孫堅勢力の権勢を抑制し、均衡を保つ狙いをもっていた。

馬騰を衛尉に登用したのは、まさにその策の一環であった。


さらに孫堅の軍師・楊弘もまた、馬騰を都に召し抱えることを勧めていた。

これは一見、孫堅の勢威を削ぐかに見えたが、実際には別の意図があった。

「馬騰を都に置くは人質を得るに等しきことです。これにより涼州の軍閥は容易に背を向けることが出来ぬこととなります。趙儼が関中を治めるにあたり、やつらに大きな楔となりましょう」

かくして、孫堅もまたこの人事を受け入れたのである。


――こうして、許昌の宮廷は歓喜に沸き、漢の威光は再び天に映えた。



---


だが、この報を受け取った兗州・濮陽の一隅には影が色濃く落ちていた。


曹操は報を聞くや、怒りに顔を歪めた。

「長安を……孫堅が奪い返したと申すか!天子はすでに奴の手中にあり、今度は旧都までも……」


幕僚は重苦しい沈黙を保ったが、荀彧が進み出て冷静に告げる。

「公よ、今は戦うべき時ではございません。孫堅将軍に刃を向けるは朝敵の名を背負うに等しく、ここは耐え忍び、時を待つべきにございます」


程昱もまた頷き、言葉を重ねる。

「兗州は荒廃しましたが、豊饒の地ゆえ必ずや甦ります。民を安んじて耕作に専念させれば穀倉は満ち、青州兵の力もいずれ遺憾なく発揮されましょう。その時こそ勝機が巡ってくるのです」


曹操は唇を噛み、しばし沈黙したのち、大きく息を吐いた。

「……そうか……。わしは軽挙はせぬ。いずれ天命がこの手に巡るまではな」


その時、駆け込んできた伝令が声を張り上げた。

「報告!徐州の我が領内にて民が反旗を翻し、各地に乱が広がっております!」


曹操の顔色が蒼白となり、天を仰いだ。

「……天はなぜ、この曹操に一片の猶予すら与えぬのか!」


その嘆きは冬空に(むな)しく響き、兗州の城内を重苦しく覆ったのであった。

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