表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/83

【第五十九話】軍議は踊るされど進まず

198年仲冬 鄴


冬の陽は弱く、城郭に射しても大地を温める力は乏しい。邸宅の奥深く、袁紹は病に伏す三男・袁尚の寝所に入っていた。


袁尚はまだ若く、柔和な顔立ちに青ざめた影が漂う。

「父上……外は、雪の気配がいたします」

「うむ、すぐに降ろう。袁尚よ。案ずるでないぞ。父が必ずそなたを治す医師を探してみせる」


袁紹は子の手を取り、声を抑えて励ました。

数万を率いる王者も、この時ばかりは一人の父に過ぎなかった。


やがて侍従が告げる。

「殿、諸将がお揃いにて」

袁紹は深く息を吐き、寝所を後にした。



---


政庁の広間。

そこには三派に分かれた幕僚たちが待ち構えていた。


まずは旧来の腹心である逢紀・許攸。

逢紀は殊に袁尚に心を寄せ、その立場を擁護していた。


次に潁川名士の郭図・荀諶・辛評。

名望を誇り、中原の時勢を読み取る鋭さに長ける一派である。


最後に冀州名士、田豊・沮授・審配。

在地の生産力と兵を背景に、現実的な策を重んじる一派であった。



---


まず逢紀が袁紹を見つめて言う。

「いまは動くべき時ではありませぬ。三男・袁尚様のご病状も憂慮すべき折、軍を挙げ中原に関われば、家中に乱を招きましょう。ましてや、劉備は帝を奉じる孫堅と組しております。もし彼と争えば、殿の正統性が揺らぎかねません」


許攸もうなずき、声を合わせた。

「冀州の基盤を固め、袁尚様の御快癒を待つことこそ肝要。中原への出兵は時を待つべきでございましょう」



---


これに対して潁川名士の荀諶が進み出た。

「いや、いまこそ時機。孫堅・劉備は帝を奉じ、正統の旗を掲げております。もし我らが今、関わらねば、潁川の士大夫は(ことごと)く彼らのもとへ集いましょう。出兵こそ、我らの声望を保つ道」


郭図も続ける。

「孫堅・劉備と曹操の対立を衝き、我らが河北の兵を差し向ければ、中原に大義を示せます」


辛評は薄笑いを浮かべて言った。

「孫堅、劉備いずれと戦うかに関わらず、今、中原に打って出ねば潁川士人は失望し、袁家を離れかねませんぞ」



---


すると冀州名士の田豊が低く言葉を発した。

「いや、河北はいまだ公孫瓉との戦が終わっておらぬ。彼を屠るまで中原に手を出すは早計。いまは内を安んじ、兵糧を養うべきなり」


沮授も頷いた。

「殿、河北は豊饒にて、十万の兵をゆうに養える兵糧を備えております。ですが公孫瓉を放置して南に兵を動かせば、背を衝かれる恐れがあります。ここは二正面作戦は避け、まず北を定めることこそ肝要と存じます」


審配は声を強めて言い切った。

「そのうえ、後継の御事は一刻を争います。袁譚殿、袁熙殿、袁尚様――いずれを立てるか曖昧なままでは、家中に必ず裂け目が生じましょう」



---


広間に沈黙が落ちた。

逢紀は袁尚を案じて外征を戒め、潁川名士は声望維持のため中原出兵を迫り、冀州名士は公孫瓉討伐を優先とする。

三派の利害は対立していた。


袁紹は深く目を閉じた。

父としては袁尚のことが気になり戦に注力出来ない。だが王者としては河北を統べ、中原へ進出する大義を求められている。


「……時は、なお熟さず」

その一言に、諸将は言葉を呑んだ。


外は冷え込み、やがて雪が落ちてくる。

袁紹の胸中に去来するのは、父としての愛と、王者としての迷い――その相克であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ