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【第五十四話】陥陣営、陥落

呂布の首が晒されたその翌朝、陣営の一角でその呂布と一昼夜対面し続ける(おとこ)、張遼がいた。

その背に疲労の色は濃いが、なお岩のごとく揺るぎなく、眼光には曇りがなかった。


孫堅が歩み寄り静かに声をかける。

「張遼殿。主を失った汝の心中、察するに余りある。しかし今、汝が進むべき道を誤れば、ただ呂布の汚名のみが残ることとなろう」


張遼は長い沈黙の後、深く息を吐いた。

「……呂布将軍は、この世において最強を志すお方でした。その姿に(それがし)は憧れ、并州より付き従って参りました。されど義を知らず、信を軽んじた。ゆえに、孤立して滅んでしまった」


「ならば私は、最強を求めるその志を正しく継ぐことを決めました。最強の武を求めつつ、義を守り、信を貫く。その道を歩もうと思います」


孫堅は黙って頷く。


張遼は拳を握りしめ、孫堅の前に(ひざまづ)いた。

「張遼文遠、ここに誓う。義を貫き、天下に恥じぬ武を築かんことを!」

その声は朝露の落ちる澄みきった早朝の空気の中、陣中に響き渡った。


---


198年晩夏


東莞城

厚き城壁の内に籠るのは高順と残兵二千。幾度の激戦に晒され、兵糧は既に底を突きかけていた。兵士らは痩せこけ、矢も槍も折れ、ただ気力のみで城を守っていた。


対する曹操軍もまた苦しんでいた。予想以上に堅牢な防御と高順の冷静な采配により、攻城戦は膠着していた。兵糧は乏しくなっており、将兵には疲労の色が濃く刻まれていた。


そのとき――。

遠くに土煙と共に翻る紅と緑の旗が現れる。孫堅・劉備連合軍四万の大軍であった。呂布を討ち果たし、勝利の勢いをそのまま(たずさ)えて進軍してきたのであった。


曹操は顔を歪め歯噛みした。

「あと一歩で落とせるところだが、余計な横槍が来たか!このままではこの二ヶ月の成果を全て奴らに奪われかねん!」


だが荀彧は冷静に言葉を返す。

「殿、敵は皇帝陛下を擁する官軍です。ただでさえ敵に回すと朝敵となりかねない上に、呂布を(たお)して士気は天を衝いております。我らは兵糧も欠乏し、これ以上は利なき戦と考えます。ここは退くべきにございます」


曹操は拳を震わせ、悔しさを噛みしめながらも、ついに撤退を決断した。



---


曹操軍が去った後、連合軍は軍議を開いた。


「高順に対する降伏勧告には、諸葛瑾殿を使者とするが良いでしょう」

魯粛が進言する。


張遼は一歩進み出て発言を求めた。

「高順将軍は潔癖な御仁。呂布の死を知れば、共に死を選びかねません。……だが、彼の忠義は同時に強さでもあります。もし主君の家族を託せば、必ずその責務を果たそうと生きる道を選ぶはず」


劉備は深く頷き言った。

「ならば呂布の娘、呂玲綺殿に同行を願おう。主君の娘を使うのはあまり褒められたやり方ではないかもしれんが、呂布の心を伝えられるのは、彼女をおいて他にない」



---


軍議が終わると、張遼を護衛として諸葛瑾と呂玲綺は東莞城の前に立った。


衆議室に通された諸葛瑾より降伏を促す言葉を聞いた高順は、毅然として首を横に振る。

「我は呂布将軍に仕えしものであり、その恩に報いんと決した。主を失い、何をもって生きようか」


そのとき、呂玲綺が前へ進み出た。

「高順将軍……父はもう帰らぬ身です。けれども、その志を継ぐ者が必要なのです。父は生前あなたの篤実(とくじつ)な性を苦手としてはおりましたが、信頼しておりました。最強を求めた父の志を継げるのはあなたをおいて他にはおりません。どうか……私たちと共に生きてください」


高順の胸に、熱き痛みが走った。


さらに張遼も言葉を添える。

「高順殿。忠義とはただ主のために死ぬことにあらず。呂布将軍の遺族を見守ることもまた忠義なり。ここで殉ずれば、不忠となるのではないか」


高順は呂玲綺の前に(ひざまづ)滂沱(ぼうだ)の涙を流し答えた。

「……我が身、呂布将軍の家族を守るために在り。降伏いたす」


こうして高順は連合軍に加わり、長き籠城は幕を閉じた。



---


琅邪国の軍務を張飛と陳圭に一任し孫・劉連合軍は帰途についた。


下邳城に着くと連合軍は休息をとり、翌朝それぞれの任地へ帰還することとし、城楼で孫堅と劉備の二人は勝利の祝杯をあげることとした。


「飛将を討ち、徐州を取り戻せたは、ひとえに孫堅殿のおかげだ。誠に感謝いたす」

劉備は深く頭を下げる。


孫堅もまた笑みを浮かべて返す。

「いや、ここまで速やかに事を成せたは劉備殿の(さき)の治世が群臣、民衆の心をつかんでいたからだ。私も見習うべきだな」


劉備は照れ笑いを浮かべ杯を干す。

「この先、あんたに危急の(とき)があれば、必ず全力で助けに行くからいつでも言ってくれ」


孫堅も杯を干し答える。

「無論、この貸しは高くしておくぞ。頼りにさせてもらおう」


二人は互いに杯を重ね、しばし戦乱を忘れた静けさの中で語らった。

外には乱世の嵐が吹き荒れ続ける。

だがこの夜、下邳には確かに安らぎがあった。


ーー第六章ここに終幕

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