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【第五十三話】飛将の果て

呂布は、重い鎖に繋がれたまま、泥にまみれて地に伏していた。

かつて「飛将」と呼ばれ、千軍万馬を一槍で薙ぎ払ったその姿は、いまや見る影もなく、背を反らしても天は遠く、足を踏み鳴らしても地は響かなかった。


隣には陳宮が同じく縄をかけられて横たわり、血の気の失せた顔で静かに目を閉じていた。


幔幕の中には孫堅、劉備を中心として、左に荀攸、楊弘、魯粛、諸葛亮、諸葛瑾らが控え、右に韓当、李通ら孫堅軍将校と張飛、太史慈ら劉備軍将校が列していた。

侯成や彭城から呼び寄せた張遼も末席に()していた。



---


「呂布奉先」

孫堅が静かに呼ぶ。

「その名は飛将軍として天下に轟き、龍虎をも恐れさせると聞いた。だが今、おぬしは縄に繋がれている。天命とは無情なものだな」


呂布は顔を上げ、乱れた鬚髪(しゅはつ)の間から血走った眼を光らせた。

「……天命? 笑わせるな。天命など、力強き者の槍先に宿るものよ。貴様らとて勝ち誇っておるが、いつまで持つか」


劉備は憐れむように話す。

「呂布よ、おまえさんの勇は人より優れたものかもしれんが、義に背き、恩を仇で返し、乱世をさらに乱した。その報いが今の姿だよ」


呂布は一瞬黙したが、すぐに声を荒げる。

「義? 恩? そんなもので空腹を満たせるか? 城を守れるか? この世を制すは武だ。わしはおまえ達より劣っていたわけではない……あそこにいる役立たずどもに裏切られたがゆえにこうなっただけだ!」

その視線は侯成、張遼に注がれる。侯成は俯いたが、張遼は眼をそらさず呂布を睨み返した。



---


軍議が始まる。

荀攸は静かに進言した。

「呂布は勇将なれど、民を顧みず、乱を好みます。このまま生かせば、必ず再び世を乱しましょう。処断すべきかと」


魯粛も続く。

「天下を安んずるには、逆乱の芽を断たねばなりませぬ」


劉備も擁護しなかった。

「俺も徐州を奪われた経験から同感だ。あん時は呂布の武勇を使えないかと考えたが、こいつは飼い慣らせる犬じゃない。根っからの狼だな。生かすなら裏切られるのは自明の理だ」


孫堅は一同を見回した。

「……呂布の武勇は群を抜いているが、その武を天下のためには振るえぬ男。ここで処断するが(かん)のためだな」


その場に居並ぶ者たちは、静かに首を縦に動かした。



---


刑の時。

呂布は縛につながれたまま、広場に引き立てられる。兵たちは遠巻きに見守り、ざわめきは風に消えた。


呂布は最後に声を放つ。

「孫堅! 劉備! 貴様らもいずれ裏切りに遭い、孤立して死ぬだろう。……わしを笑えるか!」


孫堅は堂々と答えた。

「呂布よ。武を誇りながら義を失えば、ついには孤立する。それを世は『飛将』と称えはせぬ。ただの『孤狼』よ」


刹那、刃が振り下ろされる。

呂布の首は地に落ち、沈黙が陣を覆った。


その場に立ち尽くした陳宮は、静かに涙をこぼした。

「主を選び誤ったか……いや、己が見抜けなかったまでのこと」


孫堅は陳宮に語りかける。

「陳宮殿。そなたの主に対する忠義と呂布という武の化身を見事に操ったその手腕は称賛に値する。天下はまだ乱れており才あるものを求めている。どうか我らに力を貸してもらえないだろうか?」


劉備も重ねて頼む。

「この筋肉集団が曲がりなりにも州を統治出来たのはあんたの力量によるものだ。どうか俺の徐州統治にもその才を生かしてくれないか?」


陳宮は哀笑を浮かべた。

「当世の英雄たるお二方にここまで言っていただけるとは軍師たる自負を持つ我が身としては、これ以上の誉れはありません。しかし、天下の武たる呂布を天下人に出来なかったのは私の不才のためと自覚しております。これ以上は私の力の及ぶところではありません」


皆、黙して陳宮の言葉の続きを待つ。


「あのような最期となりましたが、呂布将軍の威風堂々たる姿に惚れ込んでおりました。これよりは共に死出の旅路を歩もうと思います」


陳宮の覚悟を知った孫堅は感じ入り告げた。

「お主の覚悟は分かった。もう何も言うまい。呂布やお主の家族のことはこの孫堅が責任を持つ。それでよろしいかな、劉備殿」


劉備も小さく息を吐き頷いた。


陳宮は二人の温情に感謝し、満面の笑みを浮かべて、去って行くのだった。

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