【第五十話】下邳攻防
198年盛夏 徐州・下邳城
呂範指揮下の林軍を中心として構築された馬防柵が、城を取り巻く巨大な檻となった。
城壁上に立つ呂布は、その光景を忌々しげに睨みつける。
「……我らを閉じ込める算段か。愚か者どもめ」
城壁から降りてきたところに、侯成が進み出て進言する。
「殿、兵糧はあと半月も持ちませぬ。柵を破って外へ打って出ねば……」
呂布は大きく頷き、赤兎馬のたてがみを撫でた。
「ならば、この呂布が柵を踏み砕いてみせよう」
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翌朝。
突如、柵の一角に土煙が立ち上る。
呂布率いる騎兵二千が突撃したのだ。
「押し破れ!一気に抜けよ!」
呂布の声と共に、柵は激しく揺れ、杭が軋んだ。
だがその背後から呂蒙率いる影矢隊を中心とした弩兵、弓兵部隊が矢を射かける。
「狙いはつけずともよい。兎に角、速射を繰り返せ!」
さらに、六営、敢死隊が集まり、劉備軍の太史慈率いる山越兵も集まった。
昌豨が虎牙槍を振り回し、徐晃が大斧を構え、太史慈が双鉄鞭を呂布へ突きつける。
「呂布、ここを越えられると思うか!」
呂布は戟を振りかざし、三将と火花を散らす。
呂布の膂力は凄まじく三人がかりでも互角の戦いを演じるが、騎兵の勢いが止まり、矢の的となってしまった。
「このままでは全滅だ。退けー!」
突破するには至らず、呂布はやむなく退却した。
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数日後。
再び呂布は三千の騎兵を率いて別の柵に襲いかかった。
張飛が大声で叫ぶ。
「待ってましたァ!この張飛様が相手をしてやるぜ!」
方天画戟と蛇矛がぶつかり、地響きが戦場を揺らす。
張飛は全身の力を込めて押し返し、呂布の馬を一歩退かせた。
「ぬうっ……!」
呂布の眉間に皺が寄る。
柵の内外からの矢雨と槍衾に阻まれ、さらに孫堅軍からも援兵が到来したため、またしても突破することは叶わなかった。
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その夜、呂布は城壁上に立ち、燈火の海を睨んだ。
柵の向こうに、孫・劉の陣営が幾重にも連なり、鬨の声が絶えない。
「……このままでは……」
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一方、孫堅の本陣は勝利に盛り上がっていた。
韓当が笑い、拳を振り上げる。
「呂布も恐るるに足らず!この調子で押し潰してくれようぞ!」
だが魯粛は微笑を浮かべつつも苦言を呈する。
「侮ってはなりませぬ。呂布は猛将であり健在です。追い詰められた獣ほど危ういものはございません。油断せず、兵糧攻めに徹するべきでしょう」
劉備も頷き、続ける。
「魯粛の言う通り。呂布の奴はとんでもない強さだからな。ここで気を緩めたら、初戦の二の舞になっちまう」
孫堅も真顔に戻り、全軍に命じた。
「柵をさらに固めよ。四方八方から締め上げるのだ。呂布を飢え殺すまでな!」
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こうして下邳城は完全に孤立した。
城内では赤兎馬に跨る呂布の姿があった。
その眼には、かすかに狂気を帯びた光が宿っていた。




