【第四十九話】下邳包囲
198年初夏 徐州・下邳
下邳城の高楼から呂布は、遠くにたなびく旗を睨みつけていた。
赤地に「孫」の字、緑地に「劉」の字――二つの大軍が城を取り囲もうとしている。
「……とうとう来たか」
呂布は唇を噛みしめた。
その数、孫堅軍三万、劉備軍二万五千。
合計五万五千の兵が下邳を包囲しつつあった。
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城外では両軍の旗が並び立ち、会盟の儀が行われた。
孫堅がまず進み出て剣を掲げ、声高に宣誓する。
「我らは共に帝室を奉じ、逆賊を討つ義兵である。劉備将軍、ここに共に戦うことを誓い、天下を安寧に導こうではないか!」
劉備も一歩進み出て剣を重ね、続ける。
「揚州に続きこの地でも共に戦うことが出来嬉しい限り。天に代わりて賊を平らげん!」
その場に居並ぶ将たちは声を合わせ、鬨の声を挙げた。
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その夜、両軍の本陣にて作戦会議が開かれた。
荀攸が地図を指し示す。
「下邳は泗水と沂水に挟まれた要害堅固な城です。正面から攻めれば損害は甚大なものとなりましょう。ここは包囲陣を布き、兵糧を断ち、持久戦に持ち込むべきかと」
劉備も頷き、魯粛も同意する。
「呂布は武勇並ぶものなき剛の者なれど、それは騎兵を率いて自由に動ける状態であればこそ。城に閉じ込めるが上策と考えます」
諸葛亮が付け加える。
「加えて陳圭殿の働きで兵糧を売却しており、城内の蓄えは乏しきはず。程なくして飢えに苦しむことになるでしょう」
孫堅も「よし」と言葉をかけた、その時――。
突如、外から角笛が響き渡った。
「敵襲――!」
兵が駆け込むより早く、地響きと共に五千の騎兵が夜の闇を切り裂き突入してきた。
「呂布だ!!」
たちまち陣幕は蹂躙され、矢と槍が乱れ飛ぶ。
呂布は赤兎馬を駆って、黒々とした影のごとく戦場を貫いた。
「孫堅!劉備!覚悟しろ!」
呂布の戟が振るわれるたび、数人が宙を舞う。
魏越、成廉らも従い、孫堅、劉備の陣は大混乱に陥った。
孫堅は自ら剣を抜き、陣を立て直そうと叫ぶ。
「恐れるな!孫堅、ここにあり!」
陳到率いる敢死隊が孫堅の周りを固めた。
劉備も張飛、太史慈と共に奮戦し、ようやく呂布率いる奇襲部隊を退却させることに成功した。
だが被害は甚大であり、両軍はやむなく後退を余儀なくされた。
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翌朝。
仮設陣にて両軍の将が集う。
韓当が血に濡れた甲を脱ぎ捨てて叫んだ。
「奴の猛攻は虎狼の如し……夜は弩兵も同士討ちの危険があり十全の力を出せんかった!口惜しいわ!」
孫堅は微笑みながら韓当を宥める。
「呂布の武勇は予てより聞き及んでおる。昨夜はちと油断したが想定内だ。一方で奴が自ら夜襲などという危険性の高い作戦をとるのは奴らが追い詰められている証拠だ。早晩自壊するだろう」
荀攸がうなずき策を述べる。
「丈夫な馬防柵を築き、柵の内に堀を作ることで呂布の騎兵は突進できますまい。あとは枯れるのを待つか、無謀な突撃を狩るかのどちらかでございましょう」
劉備も同意し、張飛が吠える。
「おうよ!昨日は逃したが、次こそ赤兎馬ごと串刺しにしてやらぁ!」
将たちの士気は再び燃え上がった。
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その日から両軍は協力し、下邳城を囲む広大な陣地に馬防柵を築き始めた。
幾重にも杭が打ち込まれ、柵が連なり、やがて巨大な包囲網が形を成していく。
呂布は何度か攻撃を試みたが、その度に長矛兵と弩兵に阻まれ、いたずらに犠牲を増やすだけであった。
結果、城上から長大な陣地が構築されるのを眺め、唇を噛み締めることしか出来なかった。
「……我を檻に閉じ込めるつもりか」
赤兎馬が嘶き、兵たちの胸にも不安が広がる。
だが呂布の眼には、なおも猛獣のごとき光が宿っていた。




