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【第四十八話】東莞城の戦い

198年晩春 徐州・琅邪国


東莞城


厚い城壁に囲まれたこの城には、呂布配下の魏続と高順が一万の兵で籠城していた。城の周囲には、曹操自ら率いる四万の大軍が幾重にも取り囲み、昼夜を分かたず攻撃を加えていた。


「押せ!攻め手を緩めるな!」

曹操の怒号が響くたび、喚声を挙げて将兵が城壁に殺到し、矢が雨のように城内に撃ち込まれる。


魏続は城壁の陰で荒い息を吐いた。

「これでは持たぬ……援軍も来ぬではないか……」


視線を南に向けても、呂布軍の旗は見えない。

呂布が劉備撃退に失敗し、下邳城に退却した報は届いており、再三再四援軍を依頼する使者を送っているが、返事は『現地の死守』のみであった。


張遼も西部戦線で後退を余儀無くされているとの報もあり、魏続の胸中には焦燥が渦巻いていた。


やがて、その焦りは一つの思いへと変わる。

――降れば助かるかもしれぬ。


夜半、魏続は密かに信頼する腹心を呼び寄せ、降伏の使者を曹操陣営へ送ろうとした。


だが、その動きを察した者がいた。

副将・高順である。


「魏続殿、何をなされる」

「……このままでは皆死ぬだけだ。降れば民も兵も助かる」

高順の眼が鋭く光った。

「助かる? あの曹操は、かつてこの地の村々を焼き、女子供をも斬り捨てた男だ。降伏すれば、皆、虐殺されるだけだ」


魏続は口を開きかけたが、高順の一言が突き刺さった。

「そもそもこの城の兵は、その被害者の家族だ。貴殿の降伏は彼らへの裏切りだ」


刹那、鋼の音が鳴り響く。高順の剣が閃き、魏続の首が床に落ちた。


「魏続は謀反を企てたので、この私が成敗した。以後、この城は高順が預かる!我らは曹操の大虐殺を忘れない。奴に屈することはない!」

その声は城内に轟き、兵たちの瞳に炎が宿った。



---


この一報は城外にも広がり、周辺の村や郷にも伝わった。


琅邪国の名門、王氏の当主・王融は、その知らせを受けた夜、親族を集めた。

「高順殿は我ら琅邪国の民のため、命を懸けて城を守っておられる。このまま指をくわえて見ておれようか!」


年長の者が渋い顔をする。

「曹操の大軍に挑むのは自殺行為だ。逆らえば我らの命脈を絶たれるやもしれん。家の存続を思えば…」


しかし王融は、きっぱりと遮った。

「家を守ることに固執し民を見捨てるなら、それは王氏ではない!我らは春秋の世から続く栄誉ある一族であり、民の模範として闘うは使命ぞ!」


翌朝、王融は一族と家中の壮丁千余を率い、東莞城へ向けて進発した。


東莞城は曹操軍に包囲されており、千余の兵力では突破は困難であった。

王融隊は正規兵ではなく、地元に精通した狩人や農民も含まれていた。

王融は自軍の地の利を生かし、曹操軍の糧道や小部隊を狙った奇襲作戦を行うこととした。


このため曹操軍の補給路は何度も絶たれ、糧秣の運搬が滞ることとなった。



---


城内で高順は曹操軍の圧力が弱まっているのを感じた。密偵を放ち調べてみると王融率いる民兵部隊による奇襲で曹操軍の統制が乱れているとのことであった。


「琅邪王氏も、立ち上がってくれたか。我らの道は間違っていなかった。皆の者、彼らの働きに報いるためにも我らも奮起せねばな!」


城内の士気は高まり、曹操軍の乱れのある隊に城内からも奇襲をかけ、曹操軍に甚大な被害をもたらすのだった。



---


城外では、曹操が苛立ちを募らせていた。

「また輸送隊が襲われたと申すか!」

「はっ。民兵と思われる隊が襲ってきますが、追撃してもすぐに野山、村に隠れてしまい、補足できませぬ。密偵の報では王融なる者が率いているとのことですが」


曹操は唇を歪める。

「ならば、周辺の村を焼き払い、あぶり出してやればよいでは――」


「お待ちください」

荀彧が静かに進み出た。

「この地の民を虐げれば、かえってその反抗を招きましょう。敵将、高順は民の信を得ております。彼らを敵に回せばこの戦、泥沼となりましょう」


曹操は歯を噛みしめたが、荀彧の言葉を退(しりぞ)けられず、やむなく村への攻撃を中止した。


郭嘉が涼やかな顔で具申する。

「殿、このような民兵どもの遊撃戦は頭を潰せば統制がとれず霧散しましょう。奴らは我らの輜重部隊を標的としております。ならば、これを囮につり上げてしまいましょう」


曹操は郭嘉の策を聞き破顔する。

「郭嘉よ、よき策だ。我が溜飲も下がるというものよ。荀彧、郭嘉、すぐに手配せよ」



---


ある夜、王融は百余の兵を率い、敵の輜重隊を急襲した。初撃で護衛の半数を討ち取り、荷車を炎に包む。

しかし、退路で楽進率いる別働隊の待ち伏せを受けてしまう。


「王融殿、退きましょう!」

部下の叫びに首を振り、王融は最後まで殿を務めた。

「一人でも多く逃がせ!」


矢が背を貫き、膝をついた王融は、なおも槍を振るい、数人を倒したが、楽進の槍に貫かれ絶命した。


楽進はその亡骸をみつめ嘆息する。

「敵ながら見事な統率と武勇であった」



---


王融の戦死は翌朝には城中に伝わり、兵たちは血の涙を流した。

高順も共に血涙を流しながら兵士たちに語りかけた。

「王融殿は民と国を守るために命を投げ出された。我らも命を賭す時だ!」

その声に応える鬨の声が天を突く。


矢は尽きず、士気は衰えぬ。曹操の猛攻をもってしても、東莞城はびくともしなかった。

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