【第四十一話】寿春攻囲戦
197年初秋 寿春
偽帝・袁術が擁する江淮の雄城・寿春を包囲する大軍が、ついに集結した。
その数、およそ五万――
孫堅軍三万、劉備軍二万、さらに呉郡から太史慈の軍一万が向かっていた。
対する袁術軍は、もとの寿春防衛用の三万と張勲軍の敗残兵が僅かに二千が戻ってきていた。
かつての威勢は見る影もなく、さらに敗残兵が加わったことで兵の士気は著しく低かった。
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寿春を望む南丘の高地に、二つの大旗がはためいた。
一つは「漢驃騎将軍孫」、もう一つは「漢左将軍劉」。
「事前に玄鴉より入っていた情報では、城の構造、守備兵数、兵糧の蓄え……すべてが我らに有利です」
孫堅陣営に劉備、関羽、張飛、魯粛を招いた軍議の席上、朱皓が現状分析を述べる。
「されど籠城戦に侮りは禁物でしょう。戦国時代の燕と斉の戦においても、我が尊敬する楽毅を欠いた燕は残り二城まで追い詰めながら、油断により斉に大敗北を喫しましたゆえ」
勝手に着いてきた諸葛亮は不遜な笑みを浮かべながら進言し、魯粛が冷や汗を浮かべて睨む。
「“不忠の偽帝”、もはや往時の勢いは無い……。だが、確かに油断は禁物ではあるな」
孫堅もまた、城をにらみながら息を吐き、劉備も苦笑いを浮かべながら頷く。
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一方の寿春城内は混乱を極めていた。
張勲の戦死、楊弘の逃亡により、軍の指揮は混乱。
残るは紀霊、橋蕤、李豊、楽就、梁剛らが防衛を担うが、兵士の大半は士気を失っていた。
「愚民どもが我を見限るか……この皇帝、袁術を……」
すでに正気を失いつつある袁術は、玉座にて酒に溺れていた。
臣下たちが止める中、皇帝装束のまま「玉璽」を振りかざし、自らを鼓舞しようとする。
「見よ! この璽のもとに天命はある! 退くことは許さぬ! 誰か、呂布を、呂布を呼べ!!」
袁術は再三、徐州の呂布に援軍を要請していたが、梨の礫であった。
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徐州・琅邪国の対曹操の戦陣では、呂布が高順、張遼、陳宮らと共に軍議を開いていた。
「袁術からまた文が届きました。寿春、危急の時とのこと……」
張遼は眉をひそめながら文を呂布に渡す。
「“皇帝”が落ちるか……しかし、我らも援兵を送る余裕はないな」
呂布は静かに呟いた。
「助けには……参らぬのですか?」
陳宮の問いに、呂布は一瞬、視線を宙に彷徨わせ、言った。
「ここで兵を分ければ、我らが危うい。袁術も皇帝にまで登り詰めた男。落ち目の漢など自らの力でどうにかできないのならばそれまでよ」
陳宮は頷く。
「乱世は強者に味方します。弱者の背が切り捨てられるは仕方なきこと」
呂布は立ち上がり、東の空を見た。
寿春のある方角に、淡い煙が立ち上っていた――。
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寿春を囲んだ孫堅・劉備連合軍は、兵糧攻めを軸とする持久戦に入った。
「寿春の兵糧は三か月……いや、今の流通を絶てば一月が限界でしょう」
荀攸が報告をまとめる。
孫堅は、六営のうち従軍している四軍を昼夜交代で攻囲線に配置。
劉備軍もまた、関羽、張飛、朱桓らが要所を固めた。
「袁術は籠の中の鳥よ……飢えて自滅するのも時間の問題ですな」
諸葛亮は呟く。
「しかし、窮鼠猫を噛むといいます。…なお警戒するに越したことはありません」
魯粛が続ける。
その言葉に、孫堅はうなずいた。
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寿春城内。
籠城を続ける兵士の中には、すでに飢えと混乱が広がっていた。
「逃げ出そう……孫や劉の軍に投降すれば命はある……」
軍中には裏切りの気配も漂い始める。
そんな中、橋蕤は、袁術の耳元で囁く。
「いっそ、劉表と手を組み、長江の向こうへ逃れましょう……」
袁術は呻きながらも首を振る。
「朕は呂布を信じる……呂布が、必ず……助けに来る……はず……」
狂気のなかで繰り返すだけであった。
呂布は来ず、劉備と孫堅の包囲は続く・・・




