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【第三十八話】討逆の軍、集う

197年 春


袁術の「皇帝」僭称という報に対して、漢室の威信を掲げた、諸侯による討伐戦が始まろうとしていた。



---


「将士よ、討逆の旗のもとに進め!」

許昌の城門を出る孫堅の姿は王者の覇気に満ちていた。


後事は陳羣・趙儼に預け、許都の守備を任せた。

自らは参謀荀攸とともに六営を率い、呂蒙の影矢隊、陳到の敢死隊を含む精鋭四万を従え、盧江郡北部から侵攻を開始。


「この戦は、漢の正統性を問う戦ですな。我らは天意を受けた軍であり堂々と逆賊を討伐いたしましょう」


荀攸が静かに言い、孫堅はただ力強く頷く。



---


揚州、丹陽郡。

劉備は州政を支える二張(張昭・張紘)と孫邵、華歆に政務と後方の守備を託し、戦支度を整えていた。


「俺の軍の参謀は――おまえだ、魯粛」

劉備は魯粛を呼び、三軍の軍師に任じた。


「身に余る光栄。されど、民を守るための戦であれば、命も策も惜しみませぬ」


関羽・張飛・太史慈の三将を率い、二万の軍勢で九江郡へ進撃する。

出発にあたり、東方からの援軍が続々と集結する。


まずは会稽郡の王朗が、賀斉を先鋒とし虞翻が率いる五千を派遣してきた。


「同郷の九江の民を思えば、剣を執るは当然の理」


虞翻がやや鼻高に言い、賀斉は静かに槍を構えた。


続いて進軍途中で予章郡から、朱桓を先鋒として予章太守・諸葛玄が五千の兵を率いて参陣した。

諸葛玄は背の高い若者を伴っていた。


「我が甥・孔明でございます。若輩の身ではありますが、古の管仲・楽毅たらんと勉学に励んでおります」


そう紹介された青年は、まだ十代後半。

穏やかな風情ながら、どこか人を見下ろすような眼差しを持っていた。


「はじめまして。姓は諸葛、名は亮、字は孔明――と申します。末学ながら、戦乱における道義と民の在り様に深い憂慮を抱き、叔父と共にここに参陣致しました」


その言葉遣いは丁寧ではあるが、言外に「我こそ知る者」との気配を漂わせる。


張飛が小声で言った。

「なんだぁ、あの小童……偉そうな口ききおって」


魯粛は目を細める。

「……足は地についておらず、頭は雲の上か。大器の器だが、使いどころを誤れば毒にもなろう」


その諸葛亮が劉備に進言した。

「劉備様、若輩の身なれど一つ具申したきことがあります」


劉備は突然の申し出に苦笑し聞き返す。

「何か気づいたのかな、孔明殿」


「袁術を討つのは義に適います。しかし、袁術の謀臣・楊弘は智に優れた奸。彼が黙していれば、かえって怖ろしいでしょう。おそらく劉備様の後背を脅かす策を画策していると愚考します」


「そこまで読むか……魯粛どう思う?」


「以前、孫堅殿との戦のおりに、楊弘が同様の策を用いたとの話を聞いたことがあります」


劉備は太史慈を見て

「太史慈、揚州で反乱が起きるとすればどこだ?」


「はっ、おそらく呉郡は白虎山にて山越の頭目・厳虎が度々反乱を起こしており、かの者に注意を要するかと」


「よし、太史慈、呉郡へ向かってくれ。俺の背中を預ける。兵五千を持っていけ。また、かの地に詳しい虞翻殿、賀斉殿にも共に向かってほしいんだが。たのまれてくれるか?」


「御意!」


太史慈は馬上に躍り、虞翻、賀斉と共に呉郡方面へと向かった。



---


荊州・南郡の劉表もまた勅命に応え、兵一万を東へ派兵することとした。将は劉磐と黄忠。


黄忠は齢五十を前にしてなおその槍冴え渡り、若者たちの士気を鼓舞した。


「黄忠将軍、老兵は死なず……只、斬り続けるばかりですな」


「死に損ないではないわ! まだまだ、鉄より硬き槍よ!」


---


一方、寿春の袁術は焦燥に駆られていた。

自ら皇帝と称したことで、民心も名士の支持も失われていたからだ。


度重なる重税に耐え兼ね、民は離散したため、兵は集まらず、五万を数えるばかりであった。

討伐軍に対して張勲・楊弘に二万を与え盧江郡へ派遣し、自身の座す九江郡に残る三万を配した。


「呂布の援軍は、未だか……!」

袁術は爪を噛みながら唸る。


袁胤は額に汗を流し答える。

「『疾く、陛下のもとへ馳せ参じるように』と勅使を送っております」


その中で、ただ一人冷静なのが楊弘であった。


「敵は多正面。ならば、敵の背後を乱すが手。荊州南部に潜伏していた者たちを動かし、内乱を起こさせましょう。劉表はそれに対応せざるを得ず、撤兵を余儀なくされます。また、呉郡には山越なる野蛮な民がおります。かの者らに陛下の威光をみせれば自ずと足下にくみすることとなりましょう。これらを使えば劉備も我が軍とことを構えるは困難と考えます」


「よし、やれ……!」


楊弘はさらに声を潜め、袁術に進言する。


「そしてもう一手……長安の李傕・郭汜。あの二人は献帝を人質に栄華を極めた過去を持ちますが、いまや朝廷から遠ざけられ不満を抱いております。彼らに密書を送り、『新しき国にて、功成せば官位は思いのままぞ』と吹き込めば――」


「……李・郭が再び動くか?」


「ええ。混乱を広げ、漢の名を失墜させれば、それは我らの正統性を強化する追い風ともなりましょう」


袁術は満足げに笑った。


「よいぞ、楊弘……おぬしこそ、朕の張子房(ちょうしぼう)よ!」



---


徐州・下邳。


袁術の要請を受けた呂布は、陳宮・高順・張遼らを伴い袁術の援軍として出陣する。


だが、彼の動きを見て好機とみた曹操が三度(みたび)、徐州に出兵を行った。


曹操来襲の報せを聞いた呂布は援軍を中止、曹操との戦のために北上し、東海郡にて両軍は激突した。


青州兵と并州騎兵――数では曹操が優るが、平野が続く徐州では騎兵の力が十全に発揮され、両者の勢いは拮抗していた。


「呂布……今度こそ、その首もらい受けるぞ!」


曹操が叫び、呂布は猛然と槍を振るった。

戦は膠着し、袁術の背に援軍は届かなかった。

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