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【第三十七話】皇帝僭称

<第五章> 偽帝迷走


197年初春

揚州寿春


寿春に吹き込む風は乾き、草木も言葉を失ったように沈黙していた。

その静寂を破ったのは、天に届かんとする愚かな咆哮だった。


「朕こそが、漢を継ぐべき者よ!」


豪奢な玉座に座すのは、かつて名門袁氏の俊英と謳われた男――袁術である。

だが今やその顔は浮腫(むく)み、眼は濁り、酒の香を身にまといながら、周囲の家臣たちを睨めつける。


袁術は敗戦続きの現状を打破すべく、呂布との姻戚関係を結ぶ策に出た。

嫡子・袁燿に呂布の娘を娶らせることで、最強の矛を得ようとしたのである。


呂布も今は徐州に割拠する一大勢力であったが、裏切りの連鎖の結果、周囲を敵に囲まれており、盾を欲していたのであった。


婚姻の提案に対し、謀臣陳宮は

「利あれば応ずるべし」

と進言し、呂布も

「兵を出さずに恩を得る。娘一人で、乱世の盾が得られるのならば安いものよ」

と応じた。


こうして両家の婚姻は成立した。


だが――袁術はこれだけでは満足できなかった。


呂布との“対等な縁戚関係”では、己が上に立てぬ。

そう考えた袁術は、

「婚姻では足らぬ。朕が“皇帝”となれば、呂布は“皇帝の外戚”として従うほかあるまい!」


そして、袁術は暴挙に出た。

玉璽を掲げ、自らを「仲皇帝」と称し、漢に代わる新たな王朝の開闢(かいびゃく)を宣言したのだ。



---


朝廷ではこの報に激震が走った。


「袁術如きが、帝を名乗っただと……!? 不忠不義、これこそ逆賊ぞ!」

激昂したのは大尉楊彪である。

すぐさま逆賊討伐について若き献帝へ奏上する。


「陛下。このまま袁術の暴挙を見過ごせば、天下の礼法は崩れ、乱は終わりませぬ!驃騎将軍孫堅、左将軍劉備に勅を発し、逆賊袁術を誅するべきでございます!」


震える手で詔書に御名(みな)を記す献帝。その姿をみて闘志を燃やす孫堅であった。



---


一方、徐州下邳。

呂布は袁術の“皇帝僭称”の報に、しばし黙し――やがて笑った。


「愚か者よ……だが、俺が“大将軍”とは悪くない響きだ」


張遼や高順が眉をひそめる中、呂布は袁術から贈られた「大将軍」の印綬を受け取った。


陳宮が静かに告げる。

「殿。この玉座の傍らに立つことで、いずれ“その上”が見えてくるでしょうぞ」


呂布は答えない。

だがその眼の奥に、獣のような飢えが灯っていた。



---


冀州鄴


河北の覇者を目指す袁紹は参謀の郭図から袁術の偽帝僭称の報を受けた。


「愚かな男よ…我が一族からこのような暴挙に出るものがいるとはな。だが、これで中原の眼は東へ向くな」


郭図も冷笑しつつ、

「殿の河北統一の礎になっていただきましょう」


---


勅命は即座に下され、使者が次々と発される。

許昌では、孫堅が直ちに出陣の準備に入り、劉備もまた江東より兵を起こした。


一つの時代が、終わろうとしていた。

否、終わらせるために、男たちが動き出す――。


袁術の愚挙は、静かに、だが確実に、自らの命脈を断ちにゆく序曲となるのであった。

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