【第三十六話】幕間 張機の診立て
196年晩冬 許昌
年の瀬も迫り、許昌の街は冷たい風に包まれていた。
その日、政庁にいる孫堅、孫策、周瑜の元を名医張仲景こと張機が訪れていた。
「孫堅将軍、戦の疲れも重なっておる御様子。また、政務の憂いもあり、休息もままならないのではないでしょうか?御一人で全てを抱えるは無理にございます。いかに雄々しき将軍といえど、身を損ねれば志半ばにして倒れますぞ」
脈を取り終えた張機は、深いため息を洩らした。
孫堅は笑みを浮かべる。
「張機よ、我が身など惜しむに足らぬ。天下のためには、動かずにはおれぬのだ」
張機は静かに首を振った。
「君主とは、己が働くのみならず、人を用いて大業をなす者と心得ます。すべてを自ら背負えば、志もろとも倒れましょう。人に任せる度量こそ、高みに至る術にございますぞ」
孫堅はしばし沈黙し、やがて頷いた。
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次に呼ばれたのは孫策であった。
張機は脈を取り、思わず微笑む。
「健やかな心身。狩猟を好むのは気血をめぐらせ、武勇を養うゆえ良きことです」
孫策は得意げに胸を張る。
しかし張機はすぐに眉をひそめた。
「されど、お独りで山野に分け入ることを好むと聞きました。それは軽挙にすぎます。勇敢さと蛮勇は全く異なるもの、命を縮めますぞ」
孫策は苦笑し己の未熟さを思うのだった。
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最後に周瑜が座す。
張機が触れると、やや熱のこもった手に気づく。
「夜を徹しての政務と学問、誉むべき精進なれど……人の身は鉄ではありませんぞ」
周瑜は軽く目を閉じ、深く息を吐いた。
「張機様はまさに神眼をお持ちだ。荀攸様や陳羣様を見ていると、足元にも及ばぬこの身が不甲斐なく、焦る気持ちが募ってしまいます」
張機は微笑み、
「休息を知ってこそ、才はますます冴えるもの。焦らずが肝要です」
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三人への診立てを終えると、張機はそれぞれに薬湯を調合した。
煎じた薬は色は異なるものであったが、どれも湯気とともに苦味を漂わせ、孫堅・孫策・周瑜は一様に顔をしかめる。
「うう……これはまさに毒のようだぞ」
「父上、医師殿の毒殺では?」
「はは、確かにこれは衛兵を呼ぶべきですな」
三人は渋い顔で盃を傾け、苦さを耐える。
呆れた顔で三人を見ていた張機は、ふと、政庁の隅に目をやり、思わず微笑した。
そこには経書を枕に昼寝をしている若者――孫権の姿があった。
「……あれこそ長寿の秘訣。心と体のゆとりこそ、天寿を全うする術であります」
三人は同時に孫権を見やり、そして失笑した。
「弟よ、汝は大器か、それともただの怠け者か……」
「いや、案外これが一番の才かもしれぬな」
笑い声とともに、年の瀬の許昌は穏やかな空気に包まれていた。




