【第三十三話】丹陽の戦い
196年晩夏 丹陽郡
青々と茂る丹陽の密林を抜け、雷のごとき咆哮が戦場を揺るがす。
甘寧率いる「雷」軍団が、袁術軍の後方を急襲し、太史慈の守る砦への道を開いた。
「――援軍、到着ッ!」
鬨の声に応え、太史慈の軍勢も士気を上げる。
劉備軍の本隊も合流し、戦況は膠着を破りつつあった。
戦線を一時後退させた袁術軍だったが、紀霊と袁胤は再起を期し、兵三万をもって反撃に出る。
丹陽北部にて、劉備・太史慈の二万とぶつかり、熾烈な戦いが再び火蓋を切った。
「押し止めろ! 紀霊をここで喰い止める!」
劉備が大喝し、関羽、張飛が呼応し、太史慈は密集する敵勢に突撃して陣形を乱す。
紀霊の槍が翻り、太史慈の矛と激突するたび、火花が散る。
その最中、甘寧は密林を抜け、別働隊を率いて動いていた。
「…奴らの中でも特に野心と粗暴の臭いが強いのが、あの白波の連中よ――」
韓暹・楊奉・李楽ら白波残党。
甘寧はあえて小勢で挑発し、追撃させる。
「おうおう、貴様ら。もう逃げるのか? 昔の山賊根性、抜けきってねぇな!」
怒り狂った韓暹らはこれに乗り、軍勢を割って甘寧を追う――その刹那。
「李通、昌豨に合図を!」
李通・昌豨の伏兵が左右の林から現れ、韓暹らの軍を左右から挟撃する。
乱れた陣は瞬く間に崩壊し、白波の残党軍はほぼ壊滅した。
甘寧、李通、昌豨の三軍が合流すると、そのまま南方の戦線に転進。
太史慈・劉備と連携して、三方から紀霊軍を包囲した。
「ここが貴様らの墓場よ、紀霊!」
太史慈の突撃が紀霊の陣を崩し、甘寧が突破口から突入。
李通と昌豨の軍も一斉に攻勢を仕掛け、袁術軍は総崩れとなった。
紀霊はかろうじて袁胤と共に敗走。
丹陽は、ついに守られた。
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戦後しばらくして、長き激務と病に蝕まれていた劉繇が病没した。
後事を託された嫡子・劉基は太史慈とともに劉備のもとを訪れた。
「亡き父は、民のために命を燃やしました。…この乱世に、その志を継ぐには私の器量は不足しています。父も生前、揚州の民を頼むは貴殿しかおらぬと申しておりました」
また、劉繇の腹心である華歆・孫邵も進言した。
「義と民心を兼ね備える者こそ、州を治めるに相応しいと存じます」
劉備は、静かに答えた。
「俺の器量はまだまだ不足してるかもしれんが、漢室のため、民のため――劉繇殿の志、しかと受けた」
こうして、劉備は揚州牧に推挙された。
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この報せはただちに許昌へと伝えられた。
孫堅は楊彪・荀攸らと共に献帝に奏上。
「劉備は、仁を重んじ民に慕われております。揚州の安寧には、彼を置くのが最適と存じます」
献帝もうなずき、劉備を正式に揚州牧に任命した。
「劉備玄徳、仁と義を以って民に慕われる者。朕もかの者のようにありたい」
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寿春にて、この報を聞いた袁術は憤怒に打ち震えていた。
「なに? 筵売りごときを、朝廷が褒めたたえるだと!? ふざけおって!」
側近の楊弘は沈痛な面持ちで進言する。
「許昌の連中は孫堅、劉備ら下賤のものにいいように操られております。許せませぬ」
袁術は、唸るように呟いた。
「こうなれば、かの飛将と組んででも都の連中に目にものみせてくれようぞ……」
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丹陽城。酒宴の席。
劉備を主座に関羽、張飛に新たに加わった華歆、孫邵、太史慈が右列、李通、昌豨、甘寧が左列に並び杯を交わす。
太史慈が言う。
「今日の勝利は、まさに義によるもの。兵の数ではなく、絆が勝利を呼んだもの」
甘寧が豪快に笑う。
「次にあんた達と刃を交えるとすれば、それもまた運命――だが、今は共に戦えたことは俺の誇りだ!」
李通は冷や汗をかいていたが、劉備は大笑して杯を掲げた。
「漢室と民のために!」
やがて酒は尽き、夜は静かに更けていった。




