【第三十一話】草王(そうおう)との再会
196年 初夏
曹操は兗州を平定後、呂布討伐と父・曹嵩の仇討ちと称して徐州への進軍を再開した。
呂布は曹操との戦に敗れ、陳宮や高順、張遼達を伴い落ち延びた末に、劉備に保護されていたのである。
呂布の裏切りを憂慮する者も多かったが、
「俺の器に入らんものはない」
として劉備は呂布を迎え入れた。
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曹操軍は濮陽、盧県を越え、泰山方面へ進軍。
朝廷は曹操に停戦を促す使者を送るが、曹操はこれを無視する。
「逆賊・呂布を討つこと、これが忠義である」
この大義名分を掲げ、曹操は黄河の流れに沿って、鋭く南東へと矛を向けた。
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この危機にあたり、劉備は呂布に対し協力を要請した。
「任せろ、おぬしは義兄弟のようなもの。受けた恩は戦場でしか返せぬ。お主の為に、この方天画戟を振るおう」
呂布の尊大な物言いに関羽、張飛は眉をひそめたが劉備は苦笑いで礼を述べた。
大虐殺を受けた徐州兵の曹操軍に対する士気は高く、また劉備・呂布の連携は鮮やかだった。
関羽、張飛率いる徐州兵が夏侯淵率いる曹操軍の勢いを受け止め、高順、張遼の率いる騎兵が無人の野をいくがごとく、曹操軍を蹴散らすのだった。
両軍の連携により曹操軍を泰山方面へ押し戻すことに成功し、劉備軍は勢いに乗り、なおも曹操軍を追撃するのだった。
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だが、その背後で、呂布が密かに動いていた。
陳宮が進言する。
「いま、徐州は空虚にございますぞ。今こそ旗を挙げるべき時」
呂布はうなずいた。
「劉備に恩はあるが、これも我が天のため」
呂布軍は一部を残して密かに淡県まで移動。徐州・琅邪国の豪族を陳宮が説き伏せ、同地を占拠した。
そして、そのまま疾風のように、瞬く間に徐州の諸城を陥落させた。
その報はすぐに劉備のもとへ届く。
「呂布が…何だと…!?」
張飛が叫ぶ。
「あの恩知らずめ!兄者、ここは取って返して、あの野犬の首をかっきってくれよう!」
しかし、曹操軍が劉備の側面に迫っていた。
「前に曹操、背に呂布か――」
劉備は背中に冷や汗が流れるのを感じていた。
関羽は悔しそうに拳を握る。
「兄者。仕方ありませぬ。ここは退いて再起を図りましょう」
「関羽の言う通りだな。命あっての物種だ」
劉備も決断し関羽・張飛と共に予州へ落ち延びた。
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予州魯国へ落ち延びた劉備は、孫堅からの命で泰山郡へ向かっていた程普軍に遭遇した。
程普は劉備を保護し、その旨を早馬で知らせつつ、子・程咨に許昌までの護衛を命じた。
許昌到着と同時に孫堅自ら出迎えた。
「徐州では大変な災禍の中、よくぞご無事で」
劉備は下馬し、
「護衛軍のおかげで、無事都まで来れたこと感謝するぜ。孫堅殿とは以前矛を交えたが、味方となるとこれ程頼もしい方はないな」
孫堅は苦笑いし、
「変わらん漢だ。程咨もご苦労だった。程普は息災か?」
「はっ!ありがたき幸せ。父には日々叱咤されている有り様です」
孫堅と劉備は並んで朝堂に入っていった。
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劉備の献帝への謁見はつつがなく済んだ。
楊彪はこれを機に、孫堅への一極集中を和らげる策として、劉備を孫堅に対抗する朝廷の別柱とするため、左将軍への任命を献帝に奏上した。
これにより、新たな漢室両雄の並立が生まれることとなった。
その折、揚州に潜んでいた玄鴉より緊急の書状が届く。
「袁術軍、揚州丹陽郡へ兵五万を率いて侵攻開始」
暗雲は晴れぬまま、次なる嵐が訪れようとしていた。




