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【第二十五話】楯の人

195年初夏 

弘農郡東部 新安


洛陽への帰還を目指す献帝一行と孫堅軍は、青陽澗の戦勝の余韻を引きずりながらも、新安近郊にて幕舎を張っていた。


連日の強行軍と激戦により、兵も馬も疲弊していた。特に遠征の中心を担った予州兵や汝南兵の疲労は深く、軍営には重い静けさが漂っていた。


孫堅はその中で、朱儁や荀攸、陳羣、趙儼らと今後の進軍計画について話し合っていた。


「まずは洛陽へ献帝をお連れし、安んじることが急務。政務の整備はそれからでも遅くない」


朱儁は蒼白な顔で頷く。「うむ……この身、もはや永くは保たぬかもしれぬが、帝を洛陽にお戻しするまでは、何としても……」


孫堅はその手を取った。「共に果たそう。我らが誓いを」


その夜。


涼しい夜風が幕営を撫でていた頃、張済の仇討ちを謀る者たちが動いていた。


――胡車児。張繍配下にして、冷酷無比な刺客。


数十の精鋭からなる暗殺隊を率いて、孫堅軍の夜営に忍び寄った。


突如、闇に紛れて放たれる矢の雨。閃光のごとき短剣の煌めき。


「敵襲だッ!!」


呂蒙と魏延が即座に対応するも、完全に不意を突かれた本陣は混乱に陥った。


胡車児は混乱のさなか、目標である孫堅のもとへ、猛然と突進する。毒を塗った短弓を構え、冷酷な一撃を放った。


孫堅は矢が放たれたのに気づいたが、自らの背後には献帝の輿があることから、避けることが出来なかった。


その瞬間――


「孫堅ッ!!」


飛び出してきたのは、朱儁だった。


その身を盾にして、孫堅の前に立ちふさがり、胡車児の放った毒矢をその胸に受けた。


「朱儁っ……!!」


孫堅が抱きとめたその身体は、既に力を失いかけていた。


「……そなたの、盾となると……言ったであろう……」


唇に僅かばかりの笑みを浮かべ、朱儁は静かに目を閉じた。


数年前、洛陽で交わした約束。


まだ若き日の孫堅に向けて、朱儁が語った言葉。


――「共に行こう。そなたが剣ならば、我はその盾となろう」


その言葉を、朱儁は最期の瞬間まで、決して忘れていなかった。


猛虎と讃えられた男が、初めて声を詰まらせた。


「朱儁殿……そなたがいたから、ここまで来られたのだ……」


涙の一滴が、朱儁の頬に落ちた。


胡車児は呂蒙と甘寧の連携によって討たれ、暗殺部隊も掃討された。


だがその代償はあまりにも大きかった。


楯の人、朱儁。


その死は、孫堅軍に深い哀しみをもたらしたのだった。

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