【第二十二話】帝都脱出
<第三章> 漢に尽くす
195年 初夏・長安
長安の空は重く淀み、帝都にはもはやかつての威光はなかった。
李傕と郭汜の争いは日に日に激しさを増し、帝宮の中でさえ火の粉が飛び交う有様だった。
ある夜更け、太尉・楊彪の屋敷に黒衣の密使が現れた。
「我、予州許昌の密使なり。孫堅・朱儁・荀攸の三名の名において、聖上救出の軍が発したことお伝えします」
その男は、玄鴉の一員であった。密書には
「予州軍、漢室救出のため進軍中。今こそ聖駕をお迎えせん」
と記されていた。
楊彪は密書を胸に抱え、腹心の士孫瑞と共に熟慮の末、ついに決断を下す。
「李・郭の暴に、帝をこれ以上さらすわけにはいかぬ。もはや、長安を離れる他ない」
二人は密かに、元西園軍の残将・馮芳、夏牟と接触。かつて霊帝の親衛として名を馳せた彼らに、再び帝の盾となることを頼み込む。
「死をもってお守り仕る」
と馮芳は即答し、夏牟も力強く頷いた。
続いて説得に赴いたのは、かつて董卓の配下であった楊奉と董承のもとだった。いずれも勤王の志を抱く者たちであった。
「我らの剣を帝の御為に振るう時だ」
と董承が応じ、楊奉も頷いた。
脱出計画が密かに進められる中、ついに楊彪は献帝に進言した。
「陛下、都はもはや帝都に非ず。予州より忠義の軍が参じております。今こそ、脱出の時と存じます」
若き献帝は苦悩の末、静かに頷いた。
「帝たる者、国を守らねばならぬ。民の上に立つ者として命を賭すべき時もあろう」
玄鴉を使い、夜陰に紛れての脱出が決行された。
宮城を抜けた一行は、城外で待機していた楊奉・董承率いる五千の兵と合流する。
だが、事は容易ではなかった。
長安脱出の報は、李傕・郭汜・張済の耳に届き、怒りに震えた李・郭両名が追撃を開始した。
献帝一行が弘農郡の東澗に達した時に追撃を受けた。
士孫瑞が指揮を取り
「来たか……! 楊奉、董承、構えろ! 馮芳、夏牟、陛下をお守りせよ!」
壮絶な戦が始まる。馮芳と夏牟は、自ら殿を務め、敵の矢雨の中、斃れていった。
「帝を……帝だけは、必ず……」
と馮芳が血に染まりながら叫ぶ。
楊奉配下の勇将徐晃率いる騎兵が李傕軍の側面を強襲、一時的に敵を後退させた。
献帝の輿は、多大な犠牲をだしつつ、なんとか東澗を脱し、東へと進むことに成功した。
しかし李傕らの執念は留まることを知らず、追撃はなおも続く――。




