【第二十話】群雄胎動
195年 春 許昌・朱儁邸
陽光がわずかに差し込む病室に、静かな空気が流れていた。朱儁は病床に臥しながらも、かつての剛毅なまなざしを失ってはいなかった。
孫堅が床脇に座し、荀攸、陳羣、趙儼が控える。
「荀攸殿、いまの天下の動きを教えてくれ」
朱儁の穏やかな声に、荀攸は静かに頷き、立ち上がって報告を始めた。
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「まず、河北の情勢ですが、公孫瓉と袁紹の戦は長期化の様相を呈しております。公孫瓉軍は騎馬の機動をもって一時優勢となっておりましたが、袁紹軍は冀州名士を掌握、安定した兵站と諸将の連携をもって、反転攻勢に出ている模様です。今は袁紹優勢となっており、公孫瓉は易京の長城に籠っているとのことにございます。ただ、この長城は堅牢であり、袁紹も攻めあぐねている様子」
「次に兗州。曹操と呂布が激しく争っております。当初は曹操勢力はわずかな城のみでしたが、曹操の粘り強い用兵により、徐々に呂布を押し返している模様です。直に再度曹操による兗州支配に戻るでしょう」
「徐州では、陶謙が昨年病没し、その後を劉備が継ぎました。彼の仁政と関羽・張飛両将の威名により、民心は安定しつつあります。元陶謙配下の緒将も劉備に心服している様子。徐州牧として諸郡の掌握を進めているところです」
「揚州では袁術が劉繇勢力に攻勢をかけましたが、劉繇軍の太史慈の奮戦により、袁術軍は足を取られております。戦況は膠着し、泥沼化の兆しを見せております」
「荊州は劉表が襄陽を中心に北部の支配を確立しつつあり、民政にも力を入れております。しかし南部の零陵・桂陽・武陵三郡はまだ完全には掌握できておらず、地元豪族との協調が課題となっております」
「益州では、昨年末に劉焉が亡くなり、その子・劉璋が継ぎました。しかし、父の時代からの東州兵が各地で割拠し、その掌握に苦労している模様。加えて、北方の漢中では張魯が依然として勢力を保ち、益州への干渉を試みております」
「涼州では、長安を実効支配する李傕と郭汜の対立が激化。かつて彼らと連携していた馬騰・韓遂は嫌気が差し、北方へと撤退。辺境の独立勢力として再び動きを強めております」
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荀攸が報告を締めくくろうとしたその時、静かに部屋の戸が開いた。
玄鴉の密使がひそやかに入室し、荀攸に巻物を手渡す。荀攸はそれを開き、素早く目を走らせた後、顔を引き締めて孫堅に進言した。
「殿……帝都長安より密報。献帝陛下が、李傕・郭汜の専横から脱するため、宮中にて密かに脱出を図っておられるとのこと」
静まり返る室内。
孫堅は朱儁を一瞥し、その病に伏しながらも毅然たる姿に心を重ねる。
「……いよいよ、我らが天子のために世を正す時が来たのかもしれぬ」
その眼には、義憤と希望、そして天下の命運を背負う覚悟が宿っていた。




