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【第一話】洛陽燃ゆ

<第一章> 炎、起つ 


191年晩冬

風が鳴いていた。

焦げた木の匂いと、瓦礫の埃が空を舞い、都を包む夕暮れの色は、赤く、重く、沈んでいた。


かつての洛陽――

漢の威光が燦然と輝く花の都であったこの地も、今は廃墟となり果てていた。


広がるのは焼けた屋根、倒れた石柱、そして、兵も民も去り果てた、無人の宮城。

それでも、なおその中心に佇む南宮の大殿には、かつての栄光を思わせる威容が、かすかに残されていた。


孫堅は、そこに立っていた。

ひとり、剣を携え、踏みしめる瓦礫の下に、わずかに残された玉璽を見つめていた。


「これが……帝の、証か……」


手にした玉璽は、かすかに割れていた。

それでも、朱が刻まれた「受命於天」の四文字は、火に焼かれてなお、鋭く、己の心を貫くようであった。


「孫堅……」


背に声をかけたのは朱儁である。

彼もまた、かつてこの宮殿で政を論じた男であったが、今はただ、空虚な大殿を前に、老いた眼を細めるばかりだった。


「ここには、何も残っておらぬ。

陛下は長安に遷られ、臣子の形だけを残して、この都は捨てられた。

だが……」


孫堅は玉璽を胸に抱き、静かに言った。


「――俺は、拾いたいのです。

朽ちたこの玉座を、火の中から。

それが、俺にできる、漢への忠義だと信じています。」


朱儁は黙ってうなずいた。

この若き将の志が、ただの野心ではないと知っていた。

戦場で見た剣さばき、決断、策謀――

それらはすべて、「正しきもののため」に振るわれていた。


「漢はまだ、死んではおらぬ。

いや、死なせてはならぬ。

この乱世に、義の剣が一本でも残っている限り……」


朱儁の言葉に、孫堅は口元にわずかな笑みを浮かべた。


「ならば、まずは俺たちが、その一本となりましょう。」


洛陽の空が、夜の帳に包まれてゆく。

だがその黒の奥、かすかな光が差していた。

それは希望ではなく、覚悟の火。


──この日、孫堅は漢の遺都にて、帝の象徴である玉璽を手にし、「漢室匡輔」の誓いを胸に、未来への剣を抜いた。


ここから始まるは、

一つの王朝ではない。

一人の志士が、義のために戦い、仲間たちと共に時代を変えていく、長い長い道程である。


そして朱儁もまた、この志を共に背負い、その盾となり、道を開くことになる。


風が変わった。

焼けた瓦礫の向こう、夜空に小さな星が一つ、瞬いていた。

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