【第十五話】長沙より来たる
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192年 盛夏/許昌
盛夏の陽に焼ける許昌。
程普を国相、同地の名士劉琰を丞に任命して魯国を一任した孫堅は、新たに加わった臧霸、昌豨らと共に凱旋した。
門を抜けたその先には、かつて長沙で孫堅と共に戦った者たちが揃っていた。
――孫静、孫堅の弟にして、義に篤い将。
――朱治、旗揚げから苦楽を共にした文武に通じた男。
――桓階、理知に優れた文人で、政の才を買われていた。
――そして、線の細い長身の士、張機。
一見すると軍には不釣り合いなその男こそ、後に「傷寒論」を著す医の達人、張仲景その人であった。
孫堅は久方ぶりに会った弟の孫静と固く抱擁を交わす。
「……帰ってきてくれたな」
「兄上の志、ようやく我らも共にできまする」
と孫静。
朱治が口を開く。
「お久しゅうございます、殿。また共に戦えること、これ以上の喜びはありません。
手始めにまずは泰山より加わった諸将、あれらに軍律を叩き込む必要がありましょう。
お任せいただければ、軍を鍛え直してみせます」
「ほどほどに頼む」
苦笑する孫堅。
そして、張機が一歩前に進み出る。
「孫堅様。まずは、あなたの顔色を診せていただけますか?」
「なに?」
「道中でも見ました。将軍の顔色は日に焼けてはいますが、疲労が濃い。これは内からのもの……暑気の過労と、深夜の政務が続いている証左です」
孫堅が苦笑を浮かべる。
「まさか、再会の第一声が診察か……」
「人の上に立つ者が倒れれば、天下は揺らぎますゆえ。許昌の城に、新たな医療所を設けました。軍兵の診療のみならず、民にも開かれたものにします。
また、将軍をはじめ幹部の健康管理は、私が責任を持って引き受けます」
孫堅は、深く頷いた。
「頼もしい。医も不可欠よな。……この命、まだまだ尽きてしまう訳にはいかぬ」
張機は小さく笑い、
「それは勘弁願いたい」
と返した。
四人を迎えた孫堅は、すぐさま陳羣・荀攸らとともに政庁に入り、編成会議を開いた。
「孫静、長沙の経験を活かし、梁国の国相を任じる」
「桓階は、孫静を補佐として梁国丞に任ずる」
桓階が深く一礼した。
「民をよく見て政を行い、乱を防ぎます」
「朱治は先ほどの通り、予州軍の訓練総指揮を任せる。泰山の新兵たち、心身ともに鍛えなおしてくれ」
「承知。軍規とは魂です。孫堅様の軍に名ばかりの兵は不要。彼らを真の兵と変えてみせましょう」
そして後日――
許昌城下の一角では、張機が治療所の開設を準備していた。
瓦葺きの長屋に簡素な診療台、備えられる薬棚。
幼き子が咳をして来れば、薬を与え、老人が膝を引きずって来れば、手を取り膏薬を塗る。
張機は言う。
「この城を守るには、兵だけでは足りませぬ。民が健やかであってこそ、政は根を張るのです」
また、張機は、軍の宿舎にも毎月巡回し、将軍以下、各部将の健康診断を行った。
ときに魏延が愚痴る。
「医者ごときが、軍に口出しとは――」
張機は柔らかに笑み、
「では次の戦でお腹を下して、便所に籠る羽目になっても知りませんよ」
と軽く返し、兵たちの笑いを誘った。
その夜――
孫堅は軍議を終えたあと、月明かりの下にひとり佇み、南方の空を見つめた。
朱儁が傍に立ち、口を開く。
「予州は、安定への道を歩んでおるな。だが――その静けさの向こうで、戦の気配を感じる···」
孫堅は、静かに頷いた。
「だからこそ、民の背を守らねばならぬ。
――来たる嵐に備えよう。まだ我らの戦は、始まったばかりだ」




