【第十四話】泰山に吼ゆる剛
192年 初夏
泰山。
古より文の聖地として知られたその山は、いまや賊の砦と化していた。
その首領――臧覇。若くして民の信を集め、山岳の利を生かした戦術で官軍を寄せ付けぬ勇将である。
副将は昌豨。剛力無双の猛者にして、敵将すら怯む覇気の持ち主。
彼らに率いられた泰山賊は、一介の賊軍ではない。精練された軍律を守り、兵らは忠義を誇った。
孫堅は、程普・魏延を伴い、一万の汝南兵を率いて魯国へ入った。
道中では、劉虔の助言により、魯の地理に通じた地元兵も配し、民からの信を得る。
出陣に先立ち、孫堅は魯の神廟にて祈りを捧げた。
「いま一度、この地に正しき道を……」
その祈りを聞くかのように、春風は静かに木々を揺らす。
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三日後、泰山の麓、金鼓が鳴る。
孫堅軍は、臧覇の拠点・黒岩塞を包囲。だが、敵は山を背に堅陣を布き、正面突破は難しい。
山肌を駆ける臧覇軍は、伏兵を駆使し、連携も見事であった。
臧覇は敵の攻勢に合わせ、自在に動きを変え、まさに名将の働き。
昌豨は陣頭に立ち、剛槍を振るって味方を鼓舞する。
魏延がその様を見て叫ぶ。
「とてつもない練度だ……ただの賊とは思えん!」
だが、孫堅軍も一歩も退かず。
程普の鉄の采配が兵を押し出し、魏延が騎兵を率いて敵の左翼を撹乱。
孫堅は本陣から的確な指示を下し、兵たちの士気を高めていく。
戦いは一進一退――
だが、臧覇軍は崩れることなく山塞へ整然と退却していった。
その夜――
孫堅は将営にて、蝋燭を見つめていた。
「……民に道を示し、義を重んじる者が敵とは。惜しい男たちよ」
程普が口を開く。
「殿、降伏勧告に行かれる気か?」
「そのつもりだ。
賊とはいえ、臧覇も昌豨もいずれも惜しい漢達だ。」
翌朝――
孫堅は兵を伴わず、わずかの供だけを連れて黒岩塞の門前に立った。
「臧覇、昌豨に告ぐ。孫文台、ここに義を説きに参った」
暫しの沈黙ののち、塞門が開かれる。
現れたのは、赤き虎皮を纏い、巨槍を携えた昌豨。
「言葉では通じぬ。言いたきことあらば、武を以って示せ!」
孫堅は頷き、腰の古錠刀を抜いた。
地を穿つような衝撃が、あたりを揺るがす。
鉄と鉄が交錯し、二人の剛が火花を散らす。
三十合、四十合、五十合――
昌豨が吼えた。「この力、まさしく獣よ!」
孫堅が渾身の力で突きを放つ。
昌豨の鉄槍が弾かれ、膝をつく。刀はその喉元で止まっていた。
「……見事な腕だ。
俺はこの腐った世を変えたい一心で臧霸と共にやってきた。だが、あまりに微力で、目の届くものしか救えん。
おまえの武の力であればこの世を正すこと叶うか?」
孫堅は刀を納め、
「大漢帝国を正道に戻し、民を安んじることこそ、我が本願。だが、そのためにはまだまだ力が足らぬ。おまえ達の力、私に貸してくれぬか?」
「義を貫くお前にこそ、忠を尽くす価値がある」
昌豨は孫堅を見上げながらそう告げた。そして、
「将軍、俺の声を臧覇に届けさせてくれ。あの男も、義に殉じる漢よ」
数日後――
臧覇、孫観、尹礼、呉敦ら、泰山の強者たちが孫堅のもとに姿を現す。
「お前が正道を掲げる者ならば、我らの剣は、その旗の下に加えさせてほしい。」と臧覇は言った。
孫堅は頷き、言葉を返す。
「剣は、人を斬るためにあるにあらず――人を護るためにこそある。
お前たちの力、必ずや民のために使わせてもらう」
こうして泰山賊は孫堅の麾下に加わり、新たなる力となった。




